関西弁には『しはる』という言い回しがある。
動詞に接続し、動作主への尊敬を表す助動詞だ。
こいつは本当に便利な存在である。
何でもかんでも尊敬語にしてしまえる。
・見はる
・来はる
・出来はる
・togetherしはる
ルー語もたぶんいける。ルー語を尊敬語にする必要があるかはわからないが。たぶんない。
この『しはる』、関西弁では非常によく使われる。
どんな動詞も一律で尊敬語にでき、汎用性がえげつないからだ。
ふつう尊敬語には、それぞれ独自の動詞を用いなくてはならない。
「見る」なら「ご覧になる」、
「来る」なら「お越しになる、いらっしゃる」、
「知っている」なら「ご存知である」などだ。
こういった動作ごとに異なる尊敬語は、ひとつひとつ形を覚えていかなくてはならない。
しかも各動作には個別の謙譲語もあり、尊敬語とも混同しやすい。
例えば、「食べる」の尊敬語のつもりで「いただかれる」と言ってる人に出会ったことはないだろうか。
(※「いただく」は食べるの謙譲語)
そのくらい扱いが複雑で難しいのだ。
一方、『しはる』ならば話は簡単だ。
元の動詞の連用形に『~はる』を付ければいい。
しかもなぜか、五段活用なら未然形に付けてもOK。「行かはる」「行きはる」どちらでも通じる。なんで?
私はこの『しはる』を関西弁トップクラスの大発明と信じているので、何なら全国に普及すれば良いと思っている。
例えば日本語の敬称「~さん」が、その汎用性の高さゆえ英語圏にも波及したように。*1
私の『しはる』への信頼は揺るぎないものだが、とは言え同郷の関西人のひいき目、欲目が含まれているかもしれない。
そこで今回、『しはる』を他の汎用系尊敬語と戦わせてみることにする。
対戦相手は東京外国語言語モジュールの日本語の項を参考に、「~れる/られる」「お~になる」の2つとした。
参考URL: http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/ja/gmod/courses/c02/lesson48/step2/explanation/092.html
対戦カードをトーナメント図にしたのがこちら。
第1試合 しはるvsれる/られる
初戦の相手は「~れる/られる」。
動詞の未然形に接続でき、動作主への尊敬を表せる。
色々な動詞と結び付けられる助動詞であり、強敵と言っていいだろう。
ファイッ
・第1セット「書く」
○書かはる
○書かれる(×書かられる)
・第2セット「起きる」
○起きはる
○起きられる(×起きれる)*2
「れる」と「られる」の正しい使い分けが必要だが、今のところ両者とも相手に劣らない汎用性を誇っている。
・第3セット「する」
○する
○される
「~れる/られる」は「する」に結び付くときのみ、例外的に「される」の形をとるので注意が必要だ。
・第4セット「できる」
○できはる
×できられる
「できる」「わかる」および可能形の動詞は、「~れる/られる」の形をとらない。
×わかられる
×食べられられる
どうやら少し差がついてきたようだ。
・第5セット「殴られた」
○殴られはった
×殴られられた
そもそも「~れる/られる」は尊敬以外に可能・受身を表すためにも使われるので、尊敬の「~れる/られる」と重複させることができない。
こんな場合でも『しはる』は問題なく使用できる。
5-3で『しはる』の勝利
第2試合 しはるvsお~になる
続いて立ちはだかるのは「お~になる」。動詞の連用形に接続する。
これも、さまざまな動詞に結び付くことができる。尊敬語万能選手権の優勝候補だ。
ファイッ
・第1セット「読む」
○読まはる
○お読みになる
・第2セット「わかる」
○わからはる
○おわかりになる
「~れる/られる」で鬼門だった「できる/わかる」も、「お~になる」の形はとることができる。ただし、動詞の可能形に付けると不自然。
○おできになる
×お会えになる
・第3セット「する」
○しはる
×おしになる
語幹が1音節の動詞の一部については、「お~になる」の形をとらない。
×お来になる
×お見になる
無理やり嵌めるとかなり不自然なのがおわかりいただける……わかってくれはると思う。
・第4セット「蹴られた」
○蹴られはった
×お蹴られになる
受身形の動詞の場合も、基本的に「お~になる」の形をとらない。
かなり戦況が明白になってきた。
・第5セット「知っている」
○知ってはる
×お知っていになる(○お知りだ)
「~ている」にほぼ無条件で接続できるのも、『しはる』ならではの強みだろう。
「お~だ」の形でなら取れるパターンもあるが、動詞によってはやや変に感じるものもある。
○変わってはる
△お変わりだ
5-2で『しはる』の勝利
これで、『しはる』の万能性を関西人以外の皆さんにも示せたのではないだろうか。
比較的フランクに、どんな場面でも使える万能の尊敬語として、『しはる』の良さを覚えてもらえたら嬉しい。
☆捕捉☆
今回は『しはる』の利点である汎用性の高さに注目してそれぞれを比較したが、汎用性の低い尊敬語が劣っているわけでは決してない。
むしろ、独自の尊敬語(ご覧になる等)は自在に使い分ければ知性をアピールできるメリットがある。また、あえて覚えるコストの高い尊敬語を使うことで尊敬の念を示しているとも考えられる。
料理で言えば『しはる』はどんな食材にも合い、誰が使っても美味しい料理ができる万能調味料。
対して様々な尊敬語を使い分けられる人は、「俺のキッチン、塩だけで15種類あるねん」と語る料理好きのようなものである。
どちらが偉いとか正義とかは無いものと考えている。
参考:
http://blog.livedoor.jp/veritedesu/archives/2010207.html
https://r.nikkei.com/article/DGXLASJB17H11_X10C15A6AA1P00?s=6