蟹を茹でる

カニ @uminosachi_uni の雑記ブログです。好きなもののこと何でも。

持てる者、モテざる者

ショートショートです。





渡辺エミは学校で一番のモテ女に違いなかった。涼やかな顔立ち、知性を感じさせるまなざし、凛と伸びた背筋を、女の子たちは自分たちの日常と切り離された「尊いもの」として見つめていたし、ぼくたち非モテも、羨みをもって遠くから見つめていた。

渡辺エミは、これまた学校でモテモテの伊達男とも交際していた。持てる者はさらに与えられ、持たざる者は奪われるのが世の常。
だけど、数日前に彼女は伊達男を振ったらしい。さすが学校一のモテ女、ハイスペックな物件でさえ、気に入らなければ自分から切り捨てるのか。

渡辺エミは見た目もよくて笑顔がかわいいが、どことなく人を寄せ付けない雰囲気があった。気が強くて自分の意見を主張することも原因だが、最大の要因は他にある。

渡辺エミは、ぼくみたいな非モテにもよく話しかけた。

よく、クラスの誰とでも分け隔てなく話せる人気者というのがいる。だがあれは、あくまで優しくてコミュ力の高いやつが、クラスの空気をよくするためにネクラにも話しかけてくれる、一種のパフォーマンスなのだ。

渡辺エミはそういうのとは違っていた。話したいから話すのだ。当たり前のように。そこにはコミュ力の高いやつが提供してくれる、盛り上げもフォローも相手任せのサービスみたいな会話はない。意気投合して熱を帯びる会話もあれば、最初から最後までずっと気まずいだけのやりとりもあった。後者の代表例がぼくだ。

喧嘩になることこそなかったが、渡辺エミにやり込められて根に持っているやつもいる。自分に体を寄せて話しかけてきた美人にさっくり論破されたら、期待したぶん余計に美人を憎む人間だっている。

「よかったらあなたの意見を聞かせてほしい」
渡辺エミは、ぼくの席の前に立って言った。ふつう渡辺エミほどクラスで一目置かれてるやつが、みんなの前でこういうことをわざわざ言うのは、「今からおまえを槍玉に上げます」という意思表示だ。

渡辺エミのたちの悪いところは、そういうことを、本当に興味だけで聞くところだ。ちょっとはぼくみたいな非モテの気持ちも考えてほしい。まあ渡辺エミみたいな恵まれたモテ女にはわからないんだろうけど。

渡辺エミは集まる視線に目をやると、慌てたように両手を振った。
「ごめん、こんな空気にするつもりじゃなかった!」
渡辺エミが言うと、クラスのやつらはほっとしたように笑って、そのままぼくの意見は聞かれることなく流れていった。
結局ぼくみたいなやつの意見なんて、渡辺エミにとってもクラスのやつらにとっても、どうでもいいのだろう。



放課後ぼくは真っ先に教室を出る。一人暮らしの家はぼくが一番自由になれる場所だ。僕を癒してくれるものがいくらでもある。イケメンと体育会系が我が物顔で支配するこんな教室とは、比べものにならない居心地。

校門を出たところで、渡辺エミが後ろからぼくを呼び止めた。
「さっきはごめんなさい。あまり空気を読むのが得意じゃなくて」
渡辺エミはそのままぼくのとなりに並んで歩く。
渡辺エミほどの強者だと、空気を読む必要なんてないのだろう。ぼくみたいな非モテが空気を読めないとなじられるのに、美人が空気を読めないとかわいいってことになるのだ。

「別に」と言う声が若干うわずって、ぼくはみじめな気持ちになる。
渡辺エミがぼくにとりついてくるのは、あの時のぼくの発言が気にくわなかったからだろう。

クラスのボスの体育会系が言った、小山みたいな陰キャは女とまともに話したこともないんだぞ、という発言に、渡辺エミが反撃したときだ。
「モテるから上とか、異性と仲良くないから下とかで、勝手に人を測るのはダサくない?」
渡辺エミはたいそうな正論をお言いになって、それを聞いたぼくがぼそっと呟いたやっかみも聞き逃さなかった。

思い出したらだんだん腹が立ってきた。なんでだよぼくは独り言を口にしただけだし、それにぼくが言ったことは真実だろ。ぜったいにぼくは謝らない。
「人気者の渡辺さんはぼくみたいなやつが反論したのが気に入らなかったんでしょうけど? 実際口では『モテるやつとモテないやつにどっちが上とかない』と綺麗事言ってたところで美人JK様が非モテには見向きもせずにモテイケメンとしか付き合わないのは紛れもない事実だと思いますが?」
我ながらすごい肺活量と滑舌だと思った。見た目さえよければアナウンサーにもなれたかもしれない。

渡辺エミは苦笑いを抑えようとしながら、うーんと唸る。
「モテとは関係なく人々が対等に扱われる社会であるべきって考えと、恋愛上の個人の好みは別だと思うけど……」

「ほらね、結局口では平等とか言っときながら、非モテよりモテイケメンを選ぶわけです。その時点で渡辺さんはモテと非モテを平等に扱えてないわけですよ、平等と言うなら渡辺さんみたいな美人JKは非モテと付き合って、持たざる者にモテを分配すべきだと思いませんか?」
もうここまできたらヤケだった。渡辺エミにぼくの思ってることをぜんぶ言ってやる。

渡辺エミは、しかしぼくの意見に納得したりはしない。ぼくみたいな非モテと付き合うのはきっと嫌なのだ。
「モテなくても対等だって私は言いたいんだけど……小山くんのアイデアだと結局、モテない人に女性をあてがって平等にしようって言ってるから、女性と付き合えないと対等になれないって思想を余計に強化してしまうと思う」

渡辺エミはぼくみたいなやつの言葉で考えを曲げない。曲げる必要がないからだ。
だけど、ぼくだって渡辺エミが言ってるからって、ぼくの主張を曲げたりはしないのだ。

「でも、小山くんのモテを分配するってアイデアは面白いかも。私は基本的に再分配には賛成だし、そこをふたりで考えてみない?」
意見を曲げる必要のない強者が、突然そんなことを言い出す。なんだ!? もしかしてぼくをそうやって丸め込んで、意見を認めさせるつもりか?

「そ、それだと渡辺さんが非モテと付き合うってことになっちゃうけど?」
ぼくは最大限の警戒心をもって対抗するが、渡辺エミは至って落ち着き払ったまま反論する。
「ううん、そこだけは論理的に納得がいってない」

渡辺エミは身振り手振りを加えながら、例え話を始める。
「お金がないことに困っている人と、再分配に賛成しているお金持ちがいるとします」
「自分が持てる者だということは認めるんですね……」
渡辺エミは、謙遜したら余計に嫌味でしょう、とぼくの指摘に取り合わなかった。

「ここで困っている人が、『再分配に賛成するなら、ぼくを好きになって性愛関係を結ぶべきだ』と主張するのは筋が通らないと思う。恋愛対象は個人の自由で選ぶべきって理念的な理由もあるけど……
「一番の理由は、お金持ちでも体はひとつしかないから。
「再分配って基本的には、たくさん持つ者からあまり持たない者に富を移して、貧富の差を減らすことを言うよね。だったらお金持ちが困っている人に再分配として差し出すべきなのは、たったひとつの自分の肉体じゃなく、たくさん持っているお金ということにならないかな」

渡辺エミはぼくの顔色を伺うように見上げた。
最後まで納得しなかったらまかり間違って付き合うことにならないかな、と脳裏によぎらなかったわけではないが、おそらく逃げられるだけだろう。渡辺エミを泣かせたら、クラスのボスの体育会系がぼくに何をするかわからない。あいつは渡辺エミの点数を稼ぎたいのだ。

そもそもボスが今日ぼくの非モテをあげつらったのだって、渡辺エミがあいつに「小山くんて頭の回転が早いから、予想外の状況にもうまく適応できそう」なんて言うからぼくが目の敵にされたのだ。ぜんぶ渡辺エミのせいだ。

とはいえぼくは感情で意見を曲げるやつなんかではないので、論理的に納得できる意見なら聞く。
「つまり? 持てる者たる渡辺さんは、ぼくに何を分配しようとしてくれるのかな?」

渡辺エミは「んー?」と言いながら、いたずらっぽく口角を上げて首をかしげた。見た目は本当にかわいい。もっと控えめで従順なら100点なのに。

「モテ」
「モテ?」

「小山くんは私のモテを羨ましく思ってくれてて、だから『非モテにも分配すべきだ』って考えたと仮定するね。」
モテを自覚している他人から、はっきり非モテと言われるのは案外グサッとくるものがある。
「だとしたら、私がその思いに報いて分配できるのは、やっぱりたったひとつの自分の体じゃなくて、たくさんあるモテだと思う」
モテがたくさん、他人に分けられるほどあるだなんて、一度体験してみたいものだ。まったく。

「そんなこと言ったって、どうやったらモテを分配なんてできるんだ?」
なんだかこの場限りで言いくるめられて、なにひとつもらえない気がすごくする。

渡辺エミはこっちの気も知らずに楽しそうな笑顔だ。むかつくほどかわいい。
「ちょっといいこと思いついたんだ。小山くんの適応力を見込んで、ぴったりのプレゼントしてあげる」
「本当か?」

「小山くんの知ってる渡辺エミは、その気もない冗談でこんな約束しそう?」
そんな風に聞かれると言い返せない。渡辺エミは約束したことは必ず守るタイプの人間だということは、たぶんクラスのみんな感じている。

「それで……いきなりで悪いんだけど、贈り物したいから住所教えてもらってもいい?」





結局ぼくは渡辺エミに住所を教えた。期待しているとは認めたくないが、渡辺エミが何を贈ってくるのか、興味が抑えられなかった。
だが、一応ぼくが連絡先を交換しておくかと申し出たところ、「それはまた今度でいいや」と断られたのは納得いっていない。

「プレゼントが届くまでのお楽しみだから!」
渡辺エミは別れの瞬間まで嬉しそうに帰っていった。

数日後、ぼくが家に帰ると、玄関前に大きな段ボールが置いてあった。宅配便にしてはあまりに不審すぎるそれにおそるおそる近づくと、
「小山くんへ。この前言ったプレゼントが用意できました! 渡辺」
と、整った字の貼り紙がしてあるではないか。渡辺エミめ、なんちゅう荷物になるものを送ってきたんだ。

ぼくはかがみこんで、段ボールを持ち上げ……
「重っ!」
体積に見合うだけの重量がある箱だ。いったい何をどんだけ詰めたんだ?
仕方なく持ち上げるのはあきらめ、斜めに傾けて底の一辺を引きずりながら家の中まで運ぶ。

疲れて息を荒らげながら、段ボールの厳重な梱包を解く。どんだけガムテープを巻き付けたんだ?
これでつまんないものしか入っていなかったら文句言ってやる。クラスのボスに目をつけられるかもしれないが、にしたってこれはやりすぎな渡辺エミが悪いのだ。

ようやく箱の上部が開けられるようになった。
ぼくは中腰のまま蓋を開いて、段ボールの中を覗き込む。

伊達男とクラスのボスがガムテープで口をふさがれ、体をぐるぐる巻きにされた状態で入っていた。