蟹を茹でる

カニ @uminosachi_uni の雑記ブログです。好きなもののこと何でも。

お前はマイナビに完全に包囲されている

マイナビに人生を支配されるショートショートです



鈴木健太は関東圏の私大に在学する、文系の大学3年生。部活やサークルには入らず、趣味は音楽を聴くこと、バイトは個別指導の塾講。そんな、目立った特徴のない、平均的な青年である。


「なんで今の仕事に就いたか? また唐突な質問だな」
4人掛けのテーブルを挟んで、健太の父が言う。その片手には500ml缶の発泡酒。金曜の夜ということもあり、父はご機嫌に晩酌をたしなんでいた。

「うん。マイナビ学生の窓口*1のキャリアセミナーで、自分の仕事観を考えるといいって言っててさ。
やっぱそのためには、身近な人の仕事観を聞いてみるのがヒントになると思って……」
健太は言っていて少し恥ずかしくなった。これではまるで、意識高い系みたいじゃないか。

「そうか。健太も真面目に考えてるんだなあ。父さんが学生のころはそんなのなかったよ」
「うーん、でも俺はちゃんとやってないほうだと思うよ。周りの奴にはマイナビ*2インターンに参加しまくって、もう外資の内定もらってる奴もいるし。俺は適当に何社か応募したけど、選考落ちちゃったからな……」

「そういうもんか。若者は大変だなあ」
父は健太の恥じらいなど気にとめず、鷹揚に呟く。
我が子の苦労や努力を素直に認め、感心してくれる父を、健太はひそかに尊敬していた。そんなこと、それこそ恥ずかしくて口には出せないが。

「仕事観、なあ。そうなるとどうしても、母さんとのなれそめも話さなきゃなあ」
口先では面倒そうに言う父の表情は、にやにやと嬉しそう。実はこの男、息子としてはいたたまれないくらい、妻にベタ惚れなのだ。

「なんで仕事観と母さんが関係あるんだよ……」
「いろいろあったのさ。……実はな、今の会社には転職で入ったんだ」
父は椅子に座り直して、健太にまっすぐ向き合う。

「え、そうなんだ? 父さんの時代なら、新卒から勤め上げてる人が多いんじゃないの?」
自分が父のことを意外とよく知らないことに、健太は驚いた。
「ああ……。新卒のときは研究室の紹介で就職してな。馬車馬のように働いたよ。そんなんじゃプライベートなんて充実できるわけがない。灰色の生活だった」
「そうだったんだ……」

「でもな! そんなとき、マイナビ婚活*3で母さんに出会ったんだ。
あっという間に意気投合して、マイナビウェディング*4で挙式を挙げてな。
なんせ仕事が忙しいんで優雅に海外でハネムーンとはいかなかったが、マイナビトラベル*5で一泊二日の温泉旅行に行ったよ。楽しかったなあ」
明らかに話が逸れていることに健太は気付いたが、父がなんとも嬉しそうなので言い出しにくい。

「それで母さんのお腹に健太が宿ったとき、父さん思ったんだ。このまま仕事を続けていたら、我が子の成長を見守ることもできないんじゃないかって」
父は子煩悩な人だったから、健太には意外な話だった。その時転職を決意しなかったら、健太の父親像は全く違ったものになっていたかもしれない。

「とはいえ母さんは身重だし、転職で収入が不安定になるかと思うと、踏ん切りがつかなくてな……
そんなとき母さんが言ってくれたんだ。『自分に正直になって。いざとなったら私がマイナビ薬剤師*6で仕事探して、あんたと子供を養ってみせるから!』ってさ」
感傷に浸る父。健太は別のことに気をとられていた。

「えっ、母さんって薬剤師だったの?」
本筋と関係ないことに驚く健太に、父は呆れ顔だ。
「お前、母さんがドラッグストアでパートしてるの知ってるだろう」
「いや、てっきりレジ打ちとか品出ししてるもんだと……」
母は、健太が思っているより凄い人なのかもしれない。

「『この人だって妊娠中で心細いだろうに、悩む僕を励ましてくれるなんて!』って、感極まって泣いちゃったよ……それからというもの、母さんには頭が上がらない」
そう言う父は、やはりゆるんだ笑顔を浮かべている。父が母にベタ惚れな理由が、健太にも少しわかった気がした。

「母さんともよく話し合って、『収入は下がってもいいから、家族の時間が持てる仕事にする。できれば、子供が熱を出したときに、早退できる柔軟さのある職場がいい』って希望を決めてな。マイナビ転職*7に登録したんだ。
最初はなかなか見つからなかったけど、マイナビ転職エージェントサーチ*8マイナビAGENT*9も活用して、やっと今の仕事と巡り合ったんだ」

健太には正直、マイナビ転職とマイナビ転職エージェントサーチとマイナビAGENTの違いはよくわからなかったが、ふむふむと頷いた。そんな細かい話にこだわっている場合ではない。重要なのは、父がマイナビで理想の仕事を見つけたという事実だけだ。

「だから、質問に答えるとしたら……『家族いっしょの時間を持つため』かな。仕事のやりがいとか情熱とか、そういうカッコイイ理由じゃなくてごめんよ」
父はしみじみと言い、少しぬるくなった発泡酒を口にする。

「そんなことない。俺は父さんの話、聞けてよかったと思うよ」
「だったらよかったよ。父さんはな、もちろん健太が目指す仕事に就けたらいいなとは思うけど……一番は、健太に幸せになってほしいんだ」
「父さん……」
「もちろん母さんも、そう思ってるはずだよ」
父は慈しむような笑顔で、健太を見つめる。
健太は思わず、少し涙ぐみそうになって、息を止めてこらえた。





半年後、そこにはリクルートスーツを着て面接に挑む、健太の姿があった。
「では、次に鈴木健太さん。あなたがマイナビを志望した理由を教えてください」
「はい、私は、人々の人生の転機に寄り添いたいと思い、御社を志望いたしました。実は私の父が、御社のサービスでーー」

健太の目は、父を支えてくれた企業への憧れに、キラキラと輝いていた。


おわりです。