今月11日、六本木の青山ブックセンター跡地に「文喫」がオープンしました。
出版取次の日本出版販売が経営する、新業態の本屋さん。
入場料1500円をとることや、内部に喫茶室やイベントスペースがあること、コーヒーと煎茶が飲み放題なことなどが話題になり、
ニュースにも多数取り上げられています。
日販/青山ブックセンター六本木店跡地に入場料1500円の本屋「文喫」 | 流通ニュース
↑これが詳しくて分かりやすかったです。写真見てるだけでわくわくするな
その「文喫」について、最近流行りのブックカフェとの関係性を考えてみたいと思います。
「文喫」はブックカフェへの逆襲か?
本屋さんの販売制度
まず、この話の背景である、書店の販売制度について。
書籍の流通は一般的に、『委託販売制度』が採用されています。
書店が版元(出版社)から預かった書籍を自店で販売し、売上から書店の取り分を引いた額を版元に渡す仕組み。
仕入れた(買い取った)商品を売るわけではなく、あくまで出版社から販売を委託されているだけ、商品を預かっているだけなので、
売れなかった分は一定期間内なら返品ができます。
そのため、書店は不良在庫を抱えるリスクや、仕入れた商品が売れずに損失を出すリスクがありません。*1
だからこそ、本屋さんは多種多様な本を(あまり売れそうにないニッチな本も含めて)並べることができるわけです。
ちなみに不良在庫リスクは出版社が背負っているよ!
書店で売れ残った本は全部返ってくるので、在庫を抱えるし制作費が赤字になります。*2
と、いうと書店がノーリスクで儲かるみたいに見えますが、そう上手くはいきません。
リスクが小さいものは、大体リターンも小さいので。
書籍売上の配分は、委託販売制度だとだいたい以下のよう。
出版社70:取次10:書店20
書籍を制作しリスクを背負う出版社が7割、
大小様々な出版社の本を全国の書店に配本する取次が1割、
実際に販売をする書店が2割です。
例えば、1000円の本が1冊売れたら、書店の取り分は200円。
ここから人件費などの販売管理費を捻出するので、純利益はかなり微々たる感じ。
ブックカフェはなぜ経営が成り立つのか
つまり、本は売れなくてもリスクがない代わりに、売れてもあまり儲からない。
本の売上で儲けようと思ったらめちゃめちゃ売らないといけない。*3
ちなみに飲食店だと原価率は約30%で、1000円のメニューが売れれば700円が手元に残ります。もちろんここから人件費などを色々支払う。
待てよ……
1000円の本が売れたら手元に残る分(粗利といいます)が200円で、
1000円の飲食物が売れたら手元に残る分は700円?
ものによるけど、ドリンクならもっと多い?
じゃあ、本よりドリンクを売ったほうがエエんとちゃうか?????
と、思ったのか
はたまた、「お客様に本との出会いを届けたい、ゆっくり本を読める場所を作りたい」という純粋な気持ちなのか
(たぶん後者だと思う! そう思う! そう思いたい!)
最近、おしゃれなブックカフェが増えている印象。
ブックカフェの特徴といえば、
コーヒーなどの飲み物や軽食・スイーツを楽しみながら、
おしゃれな書店内併設のカフェで、
まだ買ってない本を持ち込んでゆっくり読めること。*4
ブックカフェを元々知っている人なら、
「あれやったら店内で読むだけ読んで、買わずに帰るんちゃう? 本売れへんくて儲からんのとちゃう?」と思っていた人もいるかもしれない。
どっこい仮にそうなっても、書店はちゃんと儲かる仕組みです。
例えばお客さんが、3000円分の文庫本をカフェで読破する。
もちろん長時間いるからドリンク(600円)を頼むし、ついでにケーキ(800円)でも食べていくとします。
本人は「3000円の本を1400円の出費でじっくり読みきれた!」と得した気分で帰っていきますし、
実は書店は3000円の本が売れるより、1400円の飲食物が売れたほうが儲かる。
8000円の綺麗な画集が1冊売れるより、その画集目当てにドリンクを1杯飲みに来る人が4人いたほうが儲かる。
しかもお客さんたちは「8000円の画集をたったの600円で読めたぜ!」と喜ぶので、たぶんまた来る。
つまり、たとえ本当に本が売れなかったとしても、問題ないのです
出版社以外にはね!
ブックカフェは良い商売なのか
新品のさまざまな本を買わずにゆっくり読める、という特徴は、カフェにとって大きな強みです。
強みのあるカフェなら、たぶん人は少々ドリンクやスイーツが割高でもやって来るはずです。
ドトールならホットコーヒーSサイズが220円で飲める。
でも、同じコーヒーが猫カフェで600円で売っていても、猫好きは猫に会うためにドトールじゃなくて猫カフェを選ぶ。
単価が高めと知ったうえで、インスタ映えなお洒落カフェに行くのが楽しみな人がいる。
インスタ映えをバカにしている人でも、大好きなアニメのコラボカフェのためなら、限定おまけをコンプするために800円のドリンクや1500円超のフードを頼みまくる。
一方で、そういった付加価値をつけるにはコストもかかります。
高額なブランド猫を買う、猫全員分の予防接種代、餌代、猫砂、猫をお世話する人件費……
お洒落なカフェにするには内装やインテリアがお金をかけるポイントだし、席数をミチミチにするわけにもいかない。
有名アニメとコラボをするにはライセンス料がかかるし、グッズの製作には費用がかかり、余ったら在庫になってしまう。
初期投資してお客さん全然来なかったら大事件です。
翻って、ブックカフェ。
本はあくまで預かって、店内に陳列しているものです。買い取ったものではないわけです。
書店である以上、毎週新しい本が配本され、棚のラインナップは常に新鮮に保たれます。
読まれるだけで本が売れなくても、返品できるので費用は生じません。
その代わり本の売上ではあまり儲からず、ドリンクを売ったほうがよほど粗利が大きいです。
するとどうなるか。
本の売上で儲けるのは諦め、本はあくまでお客さんを引き寄せる魅力と割り切り、本に誘われてきた人々に茶をしばかせて利益を上げる
形態が、ブックカフェにとっては最適解になってしまいます。
(もうひとつの方向性もあるのですが後述)
でもこれ、出版社側から見るとなかなかの事態。
出版社がリスクを背負って、本を積極的に売ろうとしていないブックカフェのために、本を無償で貸与してるみたいな、
奇妙な状態になってしまっています。
たぶん「30人が読むだけで帰ってる! 読ませなければそのうち何人が買ったんでしょうか!?」とか考えてる気がします*5
本を買い取っている図書館でさえ敵視する関係者もいるので、たぶん相当もやもやしてたんじゃないかな。
「文喫」はブックカフェと何が違うのか
「文喫」も、ゆっくりお茶やコーヒーを飲みつつ本が読めることには変わりないです。
しかし、一般的なブックカフェとは大きく異なる点がふたつ。
- 入場料を取ること
- そこに並ぶ書籍が『買い切り』であること
特に重要なのは、書籍販売の形態が『委託販売』ではなく『買い切り』であること。
つまり、本が「文喫」に並んだ時点で、出版社は売上を上げられます。これならブックカフェに比べて、出版社の不満を軽減できます。
入場料を取ることから見ても、ブックカフェというよりは「気に入った本が買える私設図書館」というほうが近いのでは。
返品できないため毎週ラインナップが入れ替わるわけにはいきませんが、
その代わり置きたい書籍だけを、必要な部数だけ、書店の責任で仕入れることができます。
アートや人文など、強みとしたい分野に特化した品揃えが可能になります。
また、買い切りは書店が売れ残りのリスクを背負う分、売上の取り分は委託販売のときより多めになるのが通例。
魅力的な場所をつくり、入場料を主軸としつつ、リスクをとって書籍の売上でもしっかり利益を上げる。
買い切りによって出版社にも利益を配分する。
この「文喫」の新しい経営戦略が、「本を売っても書店が儲からない」問題に対する、新しい答えになってほしいと思います。