蟹を茹でる

カニ( @uminosachi_uni )のブログです

『キングスマンゴールデンサークル』の感想アンド考察

 

 

年明けになってから、映画『キングスマン ゴールデンサークル』を観た。

前作を観てめちゃくちゃ魅了されてから、新作があると聞いて楽しみにしていた。

この記事はキングスマン ゴールデンサークル』と前作『キングスマン』のネタバレをしまくっているので、まだ観てない方は気をつけてください。
あと記憶違いがあるかもしれない。微妙に台詞とか実際とは違うと思います。

でもこれだけ言いたい。前作を観とくと今作がもっと楽しめると思う。たぶんDVDが3本で3000円! みたいなセールでも売ってると思うのでよかったらそっちも見てほしい。絶対1000円以上のコスパはある。

 

 

キングスマン ゴールデンサークル』の感想

 

・ハリーのことを思い出して「王室相手のマナーなんて必要ないと思ってたけど……」と涙ぐむシーン。エグジーにとって、ハリーがどれだけ大切な師かがわかる

ロキシー!!!!! この映画はすぐそうやって……主役級を……

・冷静な顔で「すべてが終わったあとなら涙を流してもいい」とエグジーに告げたマーリンが、ウィスキー飲んで「彼らが死んだのは私のせいだ!」ってくだ巻いて泣いてるの笑う。マーリンは冷淡なわけではなく、努めて堪えてたんですね サポート役としての意地

・「ステイツマン」=西部劇風の諜報機関ってちょっとずるくないですか? このノリだったら日本には忍者の格好をした諜報員がいそう。

・バーボンのコーラ割りってすごいな、アメリカをアメリカで割ってる・アーサー王に関わりながらも円卓の騎士の一員ではないマーリンと、酒に近くてもソフトドリンクのジンジャーエール。こういう意味のある名づけ方けっこう好きだ。

・口説かれた女の「スワイプしてるの。 あなたの国にTinderはないの?」 そんなナンパの断り方があるのか! 今流

・ブチ切れる王女「女と寝ると世界を救えるの!?」 正論

・ジンジャーはハリーのトラウマを身体的な死の恐怖だと思っていて、一方エグジーがたどり着いた結論は精神的なトラウマ、「大事な犬を撃ったこと」なのが興味深い。同じ経験をして、かつ犬を撃てなかったエグジーだったからこそ思いついた。

・エグジーの「蝶なら俺を見ろ。珍しい蝶だ」のシーンは泣きそうだった。本当にハリーが好きなんだな。でも、あんたが俺を青虫にしてくれた、そして今は羽が生えた、って言い方には、自分で蝶に羽化したんだという矜持がある

・エグジー「依頼した薬を取りに来た」職員「あなたが……カンボジアのウー……?」

・なんか、あの王女なら麻薬やりかねんなあと納得がいくのが面白い。

エルトン・ジョンには笑う。突如の「エルトンジョン お友達」は絶対笑ってしまう。あと「ではエルトン、一緒に」つって共同作業でロボを倒すのも笑った。

・自らの手でチャーリーにとどめをさすエグジー。見逃すことで相手が更生するなんて限らない、むしろその甘さが禍を生んだからこそ、自らの手で決着をつけるという覚悟なのか

・ポピーが人工ウイルスではなく、麻薬の過剰投与で死ぬのが示唆的

・恋人をなくしたから麻薬中毒者を排除したいウィスキーと、恋人を救いたいエグジーの対比

・「現場にも出たい」と言っていたジンジャーが諜報員になるのってとてもいいなあ

・エグジー王子になるの!? 新郎の父役がハリーなのはほんと、ほんといいですね……

 

考察(みたいなもの) 

 

新時代の戦術 ロボットとインターネット

ここからはテーマごとに感想を書きたい。

王陛下の問いにすらすら答えるエグジー(実際は検索したロキシーから通信で答え聞いてるだけ)とか、チャーリーの元カノのスピリットアニマルを当てるエグジー(たぶん元カノのSNSに書いてあっただけ)とか、デジタルネイティブ世代ならではのやり方だなーと。

そして今作の特徴のひとつは「ロボット」だと思う。

チャーリーの義腕もそうだし、ポピーの操作するロボット犬もそう。「人間は信頼できないから、機械にやらせる」といって護衛をロボット犬にし、チャーリーに高性能義腕を与えたポピー。しかし、そのことが裏目に出て、チャーリーはその義腕をハッキングされてしまうし、ロボット犬は『お友達』とプログラミングされたエルトンが出てくると攻撃モーションが止まってしまう。それらが高性能な機械であることに足をすくわれてポピーが敗北するのは、展開として見事だと思う。もしかすると人間賛歌的な意図もあるのかな。

カントリーロード

今作の重要なポイントのひとつが、「帰ってくる」、「帰りたい(帰れない)」ではないかなと思う。

記憶を失ったハリーは「蝶のある家に帰りたい。母に会いたい」と答えるけれど、家は爆破されてしまって帰ることはもうできないし、母はもういないし、スパイとしての道を選んだ時点で、もう鱗翅類学者(ふつうの市民)になることはできない。一方でエグジーとマーリンは、スパイとしてのハリーに帰ってきてほしいと望む。王女は「あなたが早く帰ってくる理由になるように」と子犬を飼い、エグジーは「でも、帰ってくる理由は子犬じゃない(王女が理由だ)」と答える。カントリーロードという曲も、郷愁がテーマの歌だ。

そしてもうひとりの、帰りたいのに帰れない人はポピーなんだと思う。東南アジアのジャングルの奥地に、ばれないくらいの広さの理想郷を作って隠居するしかないポピー。今回、世界を巻き込んで麻薬の合法化を迫ったのも、「ホームシック」だからアメリカに堂々と帰りたい、そしてアメリカで認められたい、という思いがあったからだろう。

ゴールデンサークル

 

24金のゴールデンサークルの刺青って、ポピーが金を持ってても使えないことの象徴だと思う。年2500億ドル稼いでたところで、非合法だからニューヨークの一等地にタワーを建てることはできないし、広大な土地を買って大々的に開発することもできないし、足がつきそうな有名絵画や超高級ジュエリーを買いあさることもできない。何より見つからないように隠れてなくちゃいけない。

そういう、金があるのに高級品(=名誉欲や所有欲を満たすためのもの)が手に入れられない人が、なんとか手に入れられるのって、高価な素材=金、になるんじゃないかな。金インゴットだと足がつくかもしれないけど、なんならその辺の18金の装飾品を大量に集めてきて精錬して24金にしたっていいんだろうし。そして、この24金の刺青が、クララみたいな下っ端中の下っ端にまで入ってるっていうの、ポピーの財力が有り余ってる証だよな。

 

酒と麻薬

 

ステイツマンの事業が酒造業なのも、この作品のテーマに関わってるのかな。

ポピーにしてみれば、麻薬と同様に依存性があり、身体に害がある酒を売っていながら、合法であるというだけで地位と名誉を得、稼ぎを自由に使える酒造業者はもっとも憎い存在だろう。だからポピーの立場から見ると、以下のような論点を設定することもできる。

・ なぜ酒はよくて麻薬はだめなのか?
・酒造業者は善だといえるのか?
・合法と非合法の差はそれほど確固たるものか?

あともうひとつ。これは麻薬についてのというより、犯罪全般についての論点だけど、今作に関わってそうに思えるので。

・法を破った人間は全員、善良ではない邪悪な人間か?
・犯罪者を見殺しにするのは許されることか?

 

この作品は、前者の論点については明確な答えとかはないし、たぶん答えるのを避けている。(ただ、恋人を麻薬中毒者に殺されたウィスキーが、酒造業者のステイツマンなのは皮肉なところがある。酔っ払いに殺された人だっているだろうから。)ハリーとエグジーは、麻薬が悪だとかそうではないとか関係なく、恋人と世界を救うために戦っていただけだし。

でも、後者の論点については、はっきりしたメッセージ性があるんじゃないか。犯罪者だからといって騙して見殺しにするのが許されるわけがない、ということはめちゃめちゃ明確に示されている。王女とゲイカップルの描写、そして副大統領っぽい人(毎日20時間休みなく働くために麻薬に手を出した)の台詞から、法を破った人がみんな絵に書いたような悪党ではないこと、そういう人たちも誰かにとって愛する人かもしれないことは示されていたと思う。

 

ハリーの孤独

 

敵地に乗り込む前、ハリーがエグジーに、撃たれたときのことを語るシーンがある。

「そこにあったのは孤独と後悔だけだった」

キングスマンとしての規律を守り、誰とも交際せずに生きてきて、甘い思い出もなかったハリーには、死の間際に思い浮かんでくる人物はいなかった。これをエグジーに語るのは、エグジーが王女と交際していることを知ったからだ。エグジーが後悔しないように、という意図があったのかもしれない。

 

だからこそ好きなシーンがある。ハリーがエルトン・ジョンと会話するシーン。
「世界を救ったら、コンサートのチケットを2枚いただけますか」
「バックステージパスをあげよう!」

これは前作でエグジーとディルデ王女が交わした、
「ヤる?」
「ああ。でもその前に世界を救わないと」
「じゃあ世界を救ったら、後ろでしてあげる!」
みたいなやりとりと対になるやつだ!

わりとふざけたシーンだと思う。ただ、交際しようと考えた人物がいなくて、恋愛の思い出がないというハリーにとっても、素晴らしい音楽は心の慰めになっていたんじゃないかな、とこのシーンを見て思った。

ハリーが飼っていた犬だって、ハリーにとっては(空砲を撃ったのが強いトラウマになるほど)大切な存在だったわけだし、ハリーの孤独をやわらげてくれるものはあったんじゃないかな。

 

それに、ずっと孤独だったハリーが、エグジーとふたりで共闘し、ふたりで世界を救い、ふたりでエルトン・ジョンのツアーに行くんだよきっと。恋人とは違うけど、ハリーにも一緒にライブ見に行ける存在がいる。

 

そして、最後のエグジーと王女の結婚式のシーン。ハリーがエグジーの父親として式に参加しているっていうのも、ハリーの孤独を踏まえると味わい深い。キングスマンであるために他者との関わりを持たずにいたハリーが、キングスマンであることで繋がったエグジーと親子のような絆を築くの、ほんとに……めっちゃいいよね(語彙力が死んでる)

あと結婚式のオルガン演奏がエルトン・ジョンなの笑ってしまう。

 

最後に マーリンについて 

 

 マーリン……けっこうショックだった。

でもあの行動って、ハリーとエグジーが任務を成功するために必要な行動だったんですよね。もしも地雷から足を離した後みんなで逃げてたら、助かったかもしれないけど敵に侵入者の存在がバレバレになるわけで。そしたら警戒されて門を閉められてしまうわけで。そうなったら任務の成功確率は絶望的になる。

そして、あの役割はマーリンにしかできなかった。もちろんマーリンはキングスマンのサポート役で、サポートとしての誇りを賭けて2人に命運を託した、という意味もあるけど、「それまでに一度取引相手の弁護士になりすまして潜入していた」という伏線がここでめっっっちゃ利いてくる。

ふつうに、まったく初対面のおじさまがあのジャングルに立ってたら、明らかに怪しすぎるから、門番は即刻射殺したんじゃないかな。でも一度弁護士として会っているから、そこまで警戒レベルは高くなく、うかつに射殺もできない。だから、立ち止まって大声で歌いだしたマーリンに困惑し、警戒しながら近づいていって拘束しようとした。リーダーを頭突きで昏倒させてもなお射殺されなかったのって、あの伏線があったからこそだよな。

だからこそ、マーリンは門番を全員一掃し、ハリーとエグジーの任務達成をサポートすることができたんだと思う。

 

 

※追記※

「王女が代わりの子犬買ってくるの許せない、あの描写するってことは監督は犬を嫌いだと思う」って感想をよく見るので、自分なりの解釈を。

 

私も自分の犬を失いたてにあんなことされたらキレるし、あのシーン見たときはわりとショック受けましたけど。

 でも監督は「他の子犬では決して代わりにはならない」ことはわかってるんじゃないかな。

エグジーは「でも早く帰ってくる理由は犬じゃない」ってはっきり言ってたし、子犬をきっかけに記憶を取り戻したハリーは「なんだ、別の犬か(Mrピッケルではないのか)」と呟いていた。

これらの台詞は、この場面で本当に重要なのが子犬ではなく、「帰ってきてほしい」という(王女の、エグジーの)思いだということを表現していると思う。同時に、「それらの子犬は決して失った彼の代わりにはならない」ことも示していると思う。

 

あと、もしかしたら王女が代わりの子犬を買ってきちゃうのは、「犬の飼い主でなければ、その犬のかけがえのなさを真には理解できない」ことの表現かもしれない。

エグジーがハリーの記憶を呼び戻せたのは、「自分の大切な子犬を自分で撃たねばならない」というトラウマを自分も味わったことがあるから。

一方で、その精神的なトラウマの重さは、その経験をしなかったジンジャーやマーリンには思い至らなかった(だから溺れさせるという身体的トラウマを利用しようとした)。

 

監督は犬が嫌いだとか、犬は替えが利くと思ってるわけではなくて、「その犬に決して代わりはいなくて、その犬は飼い主にとっては愛する人と同じように大切だということを、ペット飼ってないやつは理解できない」と思ってるのではないかな

いや、理解できる人もけっこういると思いますけどね私は。