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シューベルト『魔王』ーー変質者像としての魔王

シューベルト『魔王』
義務教育終えてる人のほとんどは、一度は音楽の授業で聞いたことがあるんじゃないか。そしてその8割以上の中学校で『魔王』の一節を野太い声で歌うノリが流行った時期があったんじゃないか。それくらいインパクトのある曲。
そういえばNHKらじらーサンデー(筆者の推し芸人がMC)でオリエンタルラジオ(筆者の推し芸人)の中田さんも歌ってたことあったな。大人になっても覚えてるくらい、そして即興コントで咄嗟にその記憶が甦るくらいインパクトのある曲だ。
現に私も覚えてるもの。野太い声の超絶歌うまいおっさんが「お父さんお父さん魔王がいま 坊やをつかんで連れていく」って歌ってるの。超絶歌うまいおっさんが一人三役なんだよな。坊やとお父さんと魔王の。音楽の授業で日本語版CD聞いて、そっからしばらくクラスのお調子者の男子がずっと真似てた。

曲調のインパクトも歌詞のインパクトも両方半端ない。まずイントロからもうめちゃくちゃ怖い。不気味。中学生の時分はクラシックってお上品で壮大なイメージだったから、こんなのあるんだと思って感心したもん。いやあれクラシックじゃないのか? オペラのための歌だから。そのあたりは大人になった今もよくわからない。
曲調が凄い暗いし、野太いおっさんの迫力ある声がそれに拍車をかけてる。確か坊やは熱で魔王の幻覚を見てる設定なんだよね。それを父は馬を走らせて医者の元へ急ぐ。
「坊や坊や 何故顔隠すか」
「お父さんそこに見えないの 魔王がいる怖いよ」
「坊や坊や それはさぎり(霧)じゃ」
坊やだけには魔王が見えている。父は馬に乗って駆け抜けながら、怯える息子をそれは見間違えだとなだめようとする。シーンも印象的だけど、言い回しも現代の子供には面白かった。「さぎり」なんて言わないもん今日日。そして魔王が登場。
「かわいい坊やおいでよ おもしろい遊びをしよう 川岸に花咲き 綺麗なおべべがたんとある」 
めちゃくちゃ怖いよね。しかもここ、曲調が不自然に明るくなるんだよね。気味悪いままで。それが余計に怖い。「坊やを害そうとする悪意を持った者が、取り繕って甘い言葉で坊やを誘おうとしている」ことが曲調でもうわかる。すげえなシューベルト。天才だな。
坊やは必死で父に魔王の存在を訴えるが、父は取り合わない。坊やの幻覚だと無視しているのかもしれないが、恐らくは坊やをなだめることで、少しでも安心させようとしているのだろう。
魔王は尚も誘惑する。
「坊や一緒においでよ 用意はとうにできてる 娘と踊ってお遊びよ 歌っておねんねもさしたげる いいところじゃよさあおいで」
すげえ気持ち悪いよね。不気味な魔王の声。誘い文句もなんか妙に生々しいんだよな。
魔王の娘がいると訴える坊や。それは枯れた柳の幹だと、幻覚を見る我が子をなだめる父は必死で馬を駆ける。しかし無情にも、魔王は坊やを連れ去っていく。
「かわいやいい子じゃのう坊や じたばたしてもさらっていくぞ」
父が我が子を抱いて医者の元へ着いたときには、坊やは既に息絶えていた。


ていう曲なんだけど、怖いのもさることながら気持ち悪いんだよな。魔王が。
我々が抱く魔王のイメージ、ドラクエとかのあれじゃん。わりと威厳があって強くて堂々としてるじゃん。もちろん卑怯なとこもあるけど。そのイメージでいくと、「覚悟しろ! 貴様を取って食ろうてやる!」とか言いそうじゃん。がおーって。まあそれはそれでめちゃくちゃ怖いけど、気持ち悪くはない。
でもシューベルト『魔王』の魔王の挙動、そういうRPGタイプの堂々たる悪の魔王じゃないんだよな。言動がはっきりばっちり『変質者』なんだよ。いたじゃん学校の帰り道とか近所の公園とかに。すごいニタニタしながら子供にだけ道聞いてきて案内させようとする不審者。小学校の集会で何度も何度も引き合いに出される、「『お菓子やおもちゃがたくさんあるからおいで』と言って子供を連れ去ろうとする不審な大人」。あれらはまさしく魔王そのものだ。
不気味な猫なで声で、ニタニタしながら幼い子供に寄ってきて、露骨に下に見たお粗末な誘い文句で、子供心にもその不審さや気持ち悪さははっきり感知できるほどにへたくそな演技で、なのに自分ではすっかり悪意を隠しきれてるつもりで。子供が怖がって避けようとすると、逆ギレして(あるいは圧倒的な力の差に優越感に浸って)力ずくで子供を害するような大人。
シューベルト大丈夫? あんまりにも『変質者』の描写が的を射すぎじゃない? 何かしら昔のことトラウマになってない? 心配。

『魔王』、もちろん曲調や超絶歌うまいおっさんの野太い歌声のインパクトもあったと思うけど、歌詞の内容が子供にとって根源的に気持ち悪いってのも、印象的に残ってる原因かもしれん。
ご機嫌取るみたいに猫なで声で話し掛けてくる変質者、子供の強い恐怖心、でも大人はまともに取り合ってくれない。子供にとってこんな怖い状況はない。大人になって歌詞を読めば、きっとお父さんは子供をなだめようと必死だったことも、子供が見ているそれを魔王と認めたら終わりだと思って、だから必死に否定してただろうこともなんとなくわかる。でも子供のとき音楽の授業でそれを聞いたときは、「子供が必死に魔王の恐ろしさを訴えてるのに、真面目に取り合わないでいなすなんて、ひどい大人だ!」と思ってた。それは授業のやり方が悪かったせいかもしれないけど、やっぱり子供にとっては、自分が感じる危険を大人に「それはお前の勘違いだ」と無視されるのが許しがたかったから、だと思う。
優れた古典は現代の状況にも合い通ずるところがあるって言うよね。今の人たちにも曲調と歌詞で直感的に魔王の怖さや気味悪さがわかって、なおかつ今の人には魔王はファンタジーだから、実在の変質者ほど生々しすぎない。その辺りが音楽教材としても子供たちのエンタメとしても丁度よかったのかも。普遍的なんだよなーシューベルトすごい。

しかも魔王みたいなやつ、大人になってからも出会いません? 変質者以外にもああいうメンタルのやついません?
うわー私のことめっちゃ見下してくるやんこいつ、『こんなやつ適当にうまいこと言っておだてときゃいけるだろ』感モロ出しやん、いやお前はうまく取り繕って騙してるつもりらしいけど下心バレッバレやぞ、うわーでもこいつこれだけ上から来るってことはプライド高いだろうし、攻撃性滲み出ちゃってるし、はっきり拒絶したら面倒くさそう、プライド傷つけないように断らなきゃダメなのかよ面倒くさい。みたいなやつ、あなたのまわりにもいません?
しかもそういうやつ、はっきり断ったら逆ギレしてくるし、やんわり断ったら「じたばたしてもさらっていくぞ」とばかりに自分の優位性にうっとりしながら加虐的に追い詰めてくるし、逃げ場ないんですよ。仕方なしに引き受けたら「やれやれ、馬鹿なあいつを知恵の回る俺がうまく騙くらかしてやったぜ」と言わんばかりのどや顔。腹立つー! 腹立つやつー!
その上事情も知らんくせに口出してくる部外者もストレスに拍車をかける。事前に相談したら「それはお前の勘違い、自意識過剰」などと取り合わないくせに、いざ魔王がキレたら「怒らせる言い方をしたのが悪い」と言われ、やんわり断って魔王がめちゃくちゃしてきたら「はっきり断らないから勘違いさせたんだ」と言われ、怒らせないために否応なしに言うことを聞いたら「お前が自分の意志でやったことなんだ」と自己責任を謳われる。まあそんなやつ友達には滅多にいないけど、だいたいそういうこと得意気に言うやつって全っ然仲良くもないやつだよな。お前誰やねんみたいなやつ。
いません? いないならそれが一番幸せなことですね。でも結構多くの人が、大人になってからも、この魔王みたいなやつに困らされたり、まとわりつかれたり、傷つけられたり、仕事を押しつけられたりしてるんじゃないかな。
そういう意味でも『魔王』は普遍性があると思う。時代も越えるし、人間の成長過程も越える。やっぱ鬼才だわシューベルト。いや歌詞の元になった詩を作ったゲーテもすごいのか。ゲーテ大丈夫? もしかして昔魔王みたいなやつと何かあった? トラウマとかになってない? 心配。

シューベルト: 魔王

シューベルト: 魔王

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