蟹を茹でる

カニ @uminosachi_uni の雑記ブログです。好きなもののこと何でも。

男性ブランコ『消しなさい!』に胸打たれた

フォロワーさんにオススメされた、男性ブランコYouTubeチャンネルを観ています。
https://www.youtube.com/channel/UCJu3mFiERByz2CupSdurYUA

まだ全部は観られてないんですが、すごく印象的なコントがあったので語らせてほしい。

 

『消しなさい!』

単独公演「えんがわサイケ」で披露されたネタ。再生数は少ないけど、クオリティは非常に高い。もっと多くの人に観てほしい。

お父さんの共感できるダメさ

登場人物は高校生の男の子と、そのお父さん。塾から帰った息子と父は仲良く会話するが、父が改まって切り出す。
「実はお前にちょっと話がある」

真剣な空気。深刻な話が始まる予感の中、父が打ち明ける。

「実は父さん、お前がちゃんとしすぎててプレッシャーがすごい」

そこそこだらしないお父さんは、優秀で気遣いもできる「ちゃんとしすぎた息子」にエグいプレッシャーを感じていたのだった!


気持ちはわかる。
息子は父に似ず、賢く謙虚でしっかり者の努力家。自分より数倍は人格者の息子に圧倒されて、父は余計に自分のだらしなさを自覚してしまう。

でもそれ息子に直接言う?? 正直すぎひん? それ言うのが一番威厳なくならへん? そんなところがこの父の愛すべきダメさだ。

お父さんらしくないお父さん

父は威厳を獲得すべく、息子に「お父さんらしいこと」をしてみせようとする。欲しいものを買ってあげようとしたり、父親らしく叱ろうとしたり。中でも私が一番好きなのがここ。

「父さん的にはどうしたいの?」
「怒らせてくれ」
「怒ってるやん」
「これは理不尽に怒ってるやん!」

理不尽を自覚しながら理不尽に怒ってる(しかもそれを正直に言う)人、傍から見るとめちゃめちゃ面白い。
この父の考える「お父さんらしさ」って、たぶんエゴグラムでいうCP(支配的な親)だと思われる。
このCPについて、Wikipediaの説明は以下の通り。

厳しい心。自分の価値観を正しいものと信じて譲らず、責任を持って行動し、他人に批判的である。この部分が低いと、怠惰な性格になる。

お父さん、実際にはこの支配的な親と全部逆の行動を取ってるので笑う。
自分の主張が正しくないのを自覚してるし、父親らしいことできてないし、息子をずっと誉めている。怠惰な性格らしいことも描かれている。
エゴグラムでいうなら、むしろFC(自由な子供)が強そうなキャラクターだ。

でも、この父はそんなにダメな父親じゃないし、悪い父親でもない。
定職に就いてて課長職を務めてるし、息子ともよくコミュニケーションを取ってる。プレッシャーで理不尽に怒りはするけど息子の言い分も聞くし、正直息子の方が正しいことも認めている。
お父さんらしくはないかもしれないけど、それでもなんだかんだいいお父さんだ。だから、息子はそんなお父さんのことが好きなのだろう。

現実とファンタジーのふしぎな接続

コントで印象的だったのが、2人でゲームを始めるシーン。
「父さんの得意なゲームで父としての威厳を示す」ために父が提案し、息子は「1回だけやで」と端末を取り出す。

ここで、ふしぎなことが起きる。息子が端末を操作して、画面とコントローラーを現実世界に送信する。何もない空間から、物質が現れる。
その描写について特に説明はなく、2人はいつも通りの様子でゲームを始める。見ている側は一瞬「ん?」と思うが、2人があまりに自然な様子なので、そういう世界観なのかと受け入れてしまう。

今まで現実世界にいたつもりだった私たちは、いつの間にか近未来SFの世界に迷い込んでいた。

ここの描写は今までの流れからかなり飛躍しているが、「当人たちが気にも留めない当たり前のこと」と描くことで違和感なく成立していた(と思う)。ストーリーの焦点は変わらず「威厳を見せようとするお父さん」でつながっていたので、断絶を感じずスムーズに世界観を飲み込めた。
世界観の転換点を、ストーリーの転換点とはずらしてあるのが上手い。作劇の上でも非常に参考になる。

アイデンティティの危機

父は得意なゲームで息子に勝つが、全然納得しない。

「すごないわ! これが何になんねん!」
「(威厳が)秒で削れていってるわ」
「息子の勉強妨げてまで」
「もう自分が嫌いや」

厳格なお父さんらしさをアピールしようとして悪ガキみたいにゲームで喜んだり、息子にお父さんらしいことをしてやろうとして息子の勉強を妨害していたり。お父さんの行動は矛盾だらけだ。
そもそも息子のために「お父さんらしいことをしてやりたい」が動機なのに、逆に世話をしてもらってしまっている。

この父にとっては、「息子のお父さんであること」「お父さんらしい行為をしてあげること」がアイデンティティだった。
だが、もはや息子は優秀で気遣いもできる人になった。成長するにつれ父と遊ぶ機会もなくなり、父が何かを教えたり叱ったりする必要もなくなった。父は、自分の存在意義だと感じていた「お父さんらしいこと」をしてやれなくなってしまった。

父の感じる強いプレッシャーは、そして父の理不尽で矛盾だらけの怒りは、おそらくアイデンティティの危機から生じている。
単に息子が自分より優秀だからプレッシャーなのではなく、自分がもう必要ないと感じるからプレッシャーなのだ。


ここが、非常に興味深かった。ふつうアイデンティティの危機といえば思春期~青年期のイメージだと思う。だが、このコントで扱っているのは青年期の息子を持つお父さんの危機だ。

エリクソンのライフサイクル論でいえば、この父は成人期後期の課題である「世代性←→自己停滞」の拮抗に直面しているのかも。
(男性ブランコのおふたりはそんな難しいこと考えてないとは思うが)

息子の成長を見届ける

もはや息子は独り立ちができるくらいちゃんとして、だらしないお父さんがしてやれることはなくなった。息子にとってもう自分は必要ないのだと知った父は、アプリを消すように求める。

「だらしないお父さんアプリは、もうお前に必要ない」
「何言うてんねん。必要やって」

渋る息子に、父が声を荒らげる。

「消しなさい!」
「いつまでもアプリの父さんに頼ってたらあかんねん」
「ちゃんと自分の目でリアルと向き合わなあかんねん、お前にはそれができんねん!」

アプリの父が、息子に現実を突きつける。息子のためにそうすべきだと信じて。成長した我が子なら、自力で現実と向き合えると信じて。父を乗り越えてゆけと、息子を叱る。
「ようやく、父親らしく怒れた気がするわ」
初めての父親らしい怒りの内容が、自分を消すよう命じることなのは、あまりにも悲しい。でも、それが最後に息子にしてやれる、お父さんらしいことなのだ。

父の言葉を受け入れた息子は、父を抱き締める。
父は自分が消えることで、息子の成長を見届ける。
「ほら、苦しいときこそ」

ただ居るだけが要る

ラストまで見て、自分でもふしぎなくらい胸打たれていた。しばらく読後感に浸ってから、もう一度『消しなさい!』を見直した。
すると、何気なく見て楽しんでいたボケまでも、違った意味を持って見えてきた。

例えば息子の、なんか深みのありそうなそれっぽい言葉。

「父親であることがもう、既に父親らしいと思うで」

妙に格言めいた難しいことを言う高校生だが、これは紛れもない息子の本心だろう。思うに息子はただ、お父さんにいてほしかったんじゃないだろうか。「お父さんらしいこと」をしてもらおうなんて思ってはいない、ただお父さんとして存在していてほしかった。

受験に部活に忙しくなって一緒にゲームする機会がなくなっても、お父さんに頼る必要がなくなっても、自力でちゃんとできても。ただいるだけで、心強かったんじゃないかな。
欲しいものを尋ねられて「受験も近いから参考書」と答えるほど実用性と必要性を重視する息子が、ただ居るだけのお父さんを必要としていたのがもう、泣くかと思った。

でも父はアプリだから、お父さんらしくあろうとした。起動されてメモリを使用している以上、役に立とうとした。
自分が必要なくなるまで息子の成長を見守ることが、そして自分をアンインストールさせることが、アプリの存在意義だったのかもしれない。

父は、「要らなくなってもただ居る」ことを自分にも息子にも許さなかった。消えることで父らしくあろうとした。それはとても正しくて、厳格なお父さんらしくて、でもやっぱりすごく寂しい。

寂しいからこそ、こんなに胸打たれたのかもしれない。