蟹を茹でる

カニ @uminosachi_uni の雑記ブログです。好きなもののこと何でも。

豆知識が身につくショートショート【動物の名前編】

鳴き声と名前の関係

「やっぱりポケモンGoだ」
いきなり背後から声がして振り向くと、李花がこちらの手元を覗き込むように立っていた。

「人のスマホ覗かないでよ。行儀悪いよ」
「それはごめん、つい……」
李花が両手を合わせて言った。ふだんは軽率で調子がいいが、謝るときだけはしおらしい顔だ。

「でも、離れて見ててもわかったよ。独特な動作だから」
指をくるくると回してから、弾くように動かす。その動きが何を指しているかは、優吾にもわかった。

駅出口の階段を上りながら、李花が話しかける。
「優吾は好きなポケモンとかいるの?」
「あー、まあバトルで使うやつとか、ビジュアルが好きなのとかいろいろいるけど……」
優吾は一瞬だけ思考をめぐらせて、言葉をつぐ。

「まあ、ピカチュウかな。定番だし」
「へえ。かわいいし、わざもいいよね。初期からいるキャラだし」
「子供の頃はアニメも見てたよ」
「ちょっと前だけど、洋画にも出てなかった?」
「あー、あれはとにかくピカチュウが可愛かったな……世界観もよかったし」
「へえ。今度見てみようかな」

彼女が今度やると言ったことは、たいてい翌月には達成されている。裏を返せば、あまりお世辞でそういうことは言わない。

「そういえば、ピカチュウは『ぴかちゅう』って鳴くからあの名前なのかな」
優吾の子供の頃からの疑問である。

「あの世界の中ではそうなんじゃない? 鳴き声が由来で命名されたのかも」
「へー、そういうのって現実にありうるの?」
李花ならばこういうことも知っていそうだ。

「実はけっこうあるよ。例えば優吾も知ってるセミにも」
「……あっ、ミンミンゼミ?」
「そうだね。それにツクツクボウシも」
「言われてみれば……」

「鳥でも、カッコウはまさに『カッコウ』って鳴くよね」
考えてみれば当たり前なのに、なぜ優吾は今まで気づかなかったのか。

「あとは鳥のブッポウソウも、鳴き声が由来」
「『ブッポウソウ』って鳴く鳥がいるの?」
「昔の人にはそう聞こえたんだろうね」
優吾にとっては初めて聞く名前だった。鳴き声としても奇妙に感じる。

ただ、鶏の鳴き声も言語によって表現が違うくらいだから、今と昔で感じ方が違うのは当たり前かもしれない。

「なるほどな……」
「でもブッポウソウは『ブッポウソウ』とは鳴かないけどね」
ブッポウソウは『ブッポウソウ』とは鳴かない!?」

李花が前言を翻すようなことを言うので、優吾は思わず復唱してしまった。
鳴くから名前がついたのに、鳴かないとはどういうわけか。

「『ブッポウソウ』って鳴くの、本当はコノハズクっていう別の鳥なんだよ。昔の人は勘違いして、ブッポウソウの声だと思ったんだろうね」

鳴き声が由来で名前がついた鳥なのに、鳴き声も違うとは、優吾には何とも不思議な話に感じられた。

「じゃあ、本物のブッポウソウはどんな声で鳴くの」
「……グェッ」

李花は喉を押し潰したような声をあげた。
ワンテンポ遅れて、それが声真似だと理解した優吾は笑った。本物を聞いたことはないけど、きっと似ているのだろう。



「でも虫や鳥ではよく聞くけど、哺乳類では珍しいかも」
「そうなの?」
「強いて言えば、『猫』の漢字は鳴き声から来てると聞いたことがあるな。苗の音読みは『びょう』でしょ」
「確かに」

「私が知らないだけで、他にもたくさん例がありそうだけど。うーん、哺乳類ね……」
李花はややうつむき加減で記憶をたどっている。
歩道のうしろから自転車が近づいてきたので、優吾は考え込んでいる李花をそっと誘導する。

優吾自身にも理由はわからないが、そのときふと、ある名前がひらめいた。
「あ、ティトー*1
「ティトー!」

今度は李花が、感心した声で復唱する。
「確かに哺乳類ではあるもんね、ユーゴスラビアの政治家」

*1:本名はヨシップ・ブロズ。口癖からその名がついた