蟹を茹でる

カニ( @uminosachi_uni )のブログです

『あの神』における神秘主義とシャーマニズムーー作詞者別にみる宗教観の相違

先日RADIOFISHの中田崇め曲についてのブログを書いたところ、ご本人様からコメントを頂きました。

凄く嬉しかったです!
が、確かに前述のブログでは、作者についての認識があやふやなところがありました。作詞は全部藤森さんがやってる、とカニが勘違いしていたためです。

せっかく公式からご指摘いただいたわけだし、その点を踏まえて改めて歌詞分析やってみたいな、と思っています。
ただ、改めて中田崇め曲全曲を分析し直して記事を作るのはとんでもないので*1、1曲ずつ、できるものをやっていくつもりです。


『あの日見た神様の名前を思い出していつかきっと泣いてしまう』

前回『あの神』について書いたブログを一応貼っておきます。


中田敦彦さんと『神秘主義

前述のブログでは、この曲のテーマを『神秘主義』だと分析しました。

中田敦彦 彼の一部になるために
限界超えて歌い舞い踊りはじけろ
Oh, you are my god

の部分で特に神秘主義の影響が顕著です。
神との合一を目指して、歌と舞いでトランスに至ることを指向するさまは、神秘主義のなかでもスーフィズム*2に近い世界観だとも述べました。

曲のラストで歌われる「僕らは皆 中田敦彦」など、まさに神との合一、我々が絶対者たる彼の一部であることを示しています。
「神様はここにいる」という歌詞や、タイトル『あの日見た神様の名前を思い出していつかきっと泣いてしまう』もそう。神様と直接対峙し、神様を直接見るという発想はまさしく神秘主義的だと思います。



さらに、ラスト間近に出てくる

中田敦彦 彼はまさに太陽の塔
生きとし生ける者たちすべての憧れ

との言い回し。
前述のブログでは分析を飛ばした箇所なのですが、太陽の塔について調べてみると面白いことがわかりました。

太陽の塔 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%81%AE%E5%A1%94

岡本太郎が設計した太陽の塔の内部には、「生命の樹」と呼ばれる、生物の進化をテーマにしたモニュメントが展示されています。
こういった、生物の進化の過程を樹状に表現したものは通常「系統樹」「進化の樹」と言われるそうなのですが、太陽の塔のモニュメントは「生命の樹」という不思議な名付けられ方をしています。

これについて、Wikipediaにはこんな記載がありました。

岡本太郎旧蔵のクルト・セリグマン著『魔法の歴史』には、ユダヤ教神秘主義の「カバラの樹」が詳述されている。「カバラの樹」は「生命の樹」のことである。

うおおおお!!!!!
神秘主義と繋がった!!!!!

凄い。
深読みしすぎな可能性もなきにしもあらずですが。
しかし、博識な中田さんなら「生命の樹」の由来をご存知で、あえて歌詞に太陽の塔を組み込んだということもあり得るんじゃないでしょうか。

それにしてもクリエイティブで深みのある表現ですね……。

最初の生命の誕生から現在の生態系に至るまでの、生物の進化を表現した系統樹、「生命の樹」。
その「生命の樹」を内包している太陽の塔

中田敦彦太陽の塔である、とはすなわち、中田敦彦が「生命の樹」を内包しているということ。
つまり、最初の生命から現在の生態系を形作る生物たちまで、生きとし生けるすべての者たちは、彼に内包された存在=彼の一部である。
かくして、僕らは皆、中田敦彦である。

「彼はまさに太陽の塔」とは、そういった意味を含む表現なのではないでしょうか。

……ヤバない!?
一見しては明らかでない、重層的な深い意味込めすぎじゃない?
こういうことされるともっと好きになってしまう……だってカニは深読み大好き人間だから……(チョロい……)



そんなわけで、
この曲のテーマが神秘主義ではないか、という考察については変更はありません。

ただし、ご本人様からいただいた、

タイトル決めとメロディ部分の歌詞を書くのは中田。ラップを書くのは藤森。今までの崇め曲は全てこの分担で作っている。

この情報を踏まえると、また違った見方もできることに気づきました。

『あの神』において神秘主義の香りが色濃く漂っているのは、全てメロディ部分(特にサビの部分)、そしてタイトルだったのです。
つまり、『あの神』において神秘主義をテーマに歌詞を書いたのは中田さんだった、と言えるのではないでしょうか?



また、メロディ部分では他に、
「星から舞い降りた人」
「薔薇を思い泣ける人」
との歌詞があります。
これはおそらく、サン=テグジュペリ『星の王子様』をモチーフにしていると考えられます。
しくじり先生で中田さんが『星の王子様』の解説授業をしていたことからも、可能性は非常に高いといえるでしょう。



さてここで、ひとつ疑問が生じますね。
中田さんは確かに、神秘主義をテーマに作詞をしたのかもしれない。
では、藤森さんは何をモチーフに、何をテーマに作詞をしたのか? ということです。

これについては『神秘主義』ほど明らかではありませんが、できる限り自分なりに分析してみたいと思います。


藤森慎吾さんと『シャーマニズム

『あの神』の冒頭では、サビの直後、以下のようなラップが展開されます。

明日への希望を持ったって無駄
僕の毎日はずっとガラク
この人生に見切りつけりゃ楽だ
なんて思ってた絶望のあの日

大変ストレートに、人生への深い絶望が刻まれています。
RADIOFISHの曲は『PERFECT HUMAN』しか知らない、という人にはかなり意外なんじゃないでしょうか。あの明るいチャラ男藤森さんがこんな重い歌詞を書くなんて……


しかしそこは藤森慎吾、一筋縄では行きません。絶望したまま終わる人間ではないのです。
直後にはこんな歌詞が続きます。

G O D 彼が降臨
突如起きた奇跡に我ら狂信
G O D 全知全能
神は死んでなんかないニーチェさん!

ヤバない?
天才じゃない?
天才的に明るくない?

唐突に遭遇した神を奇跡と受け入れ、慶び、
「神は死んでなんかない ニーチェさん!」ってニーチェさんに嬉しそうに報告できる。
それはパリピの中のパリピにしか実現できない所業……適応力の圧倒的高さ……


それはさておくとして。

人生に対する深い絶望からの、突如起きる神の降臨。この展開を見て私が思い出したのは、大学で受けた社会学の講義でした。
それは沖縄に古くから存在する霊媒師(シャーマン)、ユタに関するもの。

講義によれば沖縄のシャーマン・ユタは世襲ではなく、人生の途中で神のお告げ(のようなもの)を受けて霊媒師になるそう。

しかもそのような人々の多くは、ユタになるまでの人生で、不遇や困難を経験していることが多い。それは離婚だったり、家族の不和だったり、大病だったりする。

それらの困難のなかで精神を病むことも多々ありながら、彼女ら*3は神の召命を受け、ユタになることを自覚するのだといいます。


『あの神』のラップ部分で表現されているストーリーはこの、ユタにおける不遇と絶望を経て神からの召命を受ける、という流れに非常に近いと思います。


ただし藤森さんがユタを参考にしたかまでは断定できません。そもそも長野県出身の藤森さんが、沖縄・奄美のユタとなじみがあるとは考えにくい。さらにこの一連の流れ自体、ユタのみに限られたものではなく、世界の様々なシャーマンで見られるようです。
いわゆる「召命型」*4の場合、深い絶望を経験したり、精神や身体を病んだことをきっかけに神からの召命を受けるケースはよくあるらしい。


そのため、(具体的に「どの」シャーマンかは不明にしても)なにがしかのシャーマニズムを藤森さんが参照した可能性はけっこうあるんじゃないかと思います。

なんせ中田さんによれば藤森慎吾は御神体NAKATAと交信を許された唯一無二の存在・SHAMANなので……

設定が超アツい……
これを考えたひと(たぶん中田さん)、藤森慎吾のガチファンなんじゃないかと思う……
失礼な発言でしたらすみません……ご指摘あれば消しますので……



ありがとうございました。

*1:前回書いたときは1週間くらいかかり、後半はいつ終わるんだろうこれと思いながら書いていた

*2:イスラム教の神秘主義哲学

*3:ユタには女性が多いが、男性のユタも存在する

*4:世襲制や修行によってではなく、突然神霊に選ばれてなるシャーマン