先日受けた、理論生物学者のかたの進化生物学講義がとても面白かったので、内容の紹介をしたいです。
なぜヒトは利益にもならないのに人助けをするのか?
なぜヒトは、利益もないのに、時には自分が損をしてまで人助けをするのか?
進化生物学の問いにするなら、「なぜ人助け行動は淘汰されなかったのか」。
助ける相手が自分の家族なら、遺伝子を残す観点で合理的。
助ける相手が自分の仲間なら、本人からお返しが受けられる可能性がある。
でも、人は関係のない他者を、自分が損をしてまで助けることがある。
この、一見合理的でない行動は、なぜ進化の中で淘汰されずに残ってきたのだろうか?
進化生物学の考え方はざっくり分けるとふたつ。
①人を助けると、助けられた人は他の人を助け、またその人が他の人を助け……いつかは自分に利益が戻ってくる!
②人を助けると、「あいつは人を助けるやつ」と評判がよくなって周囲から助けを受けやすくなる!
しかし、講義によると、理論生物学からいえば①の考え方は理論的に正しくない。
というのも、ヒトの集団は霊長類の中でも突出して属する個体数が多い。
個体数が多い大集団では、①のやり方は合理的でない。
集団のメンバーが3人なら、他者に渡した親切のバトンは次の次くらいで速やかに戻ってくる。
でも150人いたらどうだろう。しかもその150人はてんでバラバラに散らばって立っている。
いや絶対10回目のリレーあたりで、もはやどこにリレーバトンがあるのかわからなくなるよね。たぶんそれ戻ってこないよね。
友達10人くらいのコミュニティでさえ、漫画を又貸ししてたらいつの間にか行方不明になって返って来なかったりするもんね。
しかも、集団の中には、フリーライダー(コストを払わずに利益だけ受けるやつ)がいるかもしれない。そいつは色んな人から回ってきた親切のバトンを、その場で止めてしまう。たぶん漫画もそいつが借りパクしてる。
人を助けるコストをかけずに、人から利益だけを受けておけば、短期的にはかなり得をすることができる。
①のやり方は大集団では、フリーライダーを得させるだけで自分は損する可能性が高いので、あまり合理的でない。
なのに、なんで損するはずの人助けがヒトの進化の中で生き残ってきたのか?
そのキーになるのが『評判』。
ヒトは社会的な動物で、大きな集団に属している。
集団の中で嫌われると生きづらいし、周囲から助けてもらいにくい。
そして大集団だと、知らない人と関わる状況も多い。そういうときに相手を判断する根拠は、周囲の人がその人をどう評価しているかだ。
人を助けると、その相手だけでなく、その場面を目撃した人にも、「あいつは人を助けるやつ」と評価される。
評価は社会的なやりとりを通じて拡散していく。
結果、「あいつはいいやつ」という評判が形成される。
人は、誰かと協力して生きたほうが生き残りに有利だ。獲物がいっぱい獲れたときに余剰を人にあげて、その代わりスッテンテンの時に獲物を分けてもらえるほうがいい。
助けたその場では損だとしても、長期的には生き残りやすくなる。
なので、自分を助けてくれた人にお返しをすることは、その人との協力関係をつくる上で合理的。
知らない人を助ける場合なら、なるべく自分の利益になりそうな人、自分を将来助けてくれそうな人を選ぶのが合理的。
フリーライダーを助けるのは不利。
じゃあどうやって将来自分を助けてくれそうな人を判断するか。やっぱり評判=過去の実績で判断する。
結果、今までたくさん人を助けていて、評判のいい人は、自分が助けてもらえる機会も多くなる。
そういう人は生き残りやすく、遺伝子も残しやすい。
こうして、自分が損をしてまで人助けをする形質が、淘汰されずに今まで生き残ってきた。
こんな感じのお話で、新鮮でわかりやすくて面白かったです。
もちろん本物の講義には理論モデルや数式による適応度の算出も取り扱っていましたし、参考文献の提示もありました。難しいけど面白いですよ、理論生物学。
余談ですが
この講義見て連想したのが、ことわざの「情けは人のためならず」でした。
なんかよく、日本語を間違えて使っている若人を揶揄する時に出る例ですよね。
本当の意味は「人に親切にすれば、その親切がまわりまわっていずれは自分に戻ってくる」の意味なのに、最近は誤って「情けをかけるのはその人のためにならない」の意味で使われている! というやつ。
確かにことわざの意味としては前者の説明が正しい。しかし、こと理論生物学の観点からいえば、ヒトの場合「親切がまわりまわっていずれは自分に戻ってくる」可能性は低く、説明としては正しくないと思われる。
むしろ、「人に親切にすれば、評判がよくなるので自分も親切を受けやすくなり、自分のためになる」と説明した方が論理としては適切かもしれない。
などということを考えました。
身も蓋もないな……
ていうか、人にした親切が自分のもとへ戻ってくる可能性よりは、情けをかけるのがその人のためにならない可能性のほうが高いような気もしなくもない……
放蕩息子にお金貸しちゃうやつとか……