蟹を茹でる

カニ @uminosachi_uni の雑記ブログです。好きなもののこと何でも。

マシュマロ王国の留学生

ショートショートです。





それは、甘ったるくてふわふわした女の子だった。
僕にはそう見えた。少なくとも、最初は。



「ふわふわ~☆ わたし、マシュマロ王国からやってきたふわわちゃんなの! 法学部の1年生なの! 仲良くしてほしいの!」

真っ白なもこもこのニットとエンジェルピンクのフレアスカートを着た彼女は、王国の特産品だといういちごマシュマロをくれながら言った。


正直、彼女のような人間とは、今まで生きていて接したことがない。
中高一貫の男子校には挙動のおかしな男子はいてもこのタイプの不思議ちゃんはいなかったし、
身近な唯一の女性である母は教育熱心な専業主婦で、浮わついた女性を軽蔑する性分のひとだった。


まあ、各地から学生が集まる大学ならこういう人もいるかな、と僕は思った。
母や兄だったらきっとこの人を無視するだろう、とも。


「ふわわちゃんって言うんだ。よろしく。」
「正式名称はちょっと長いから、苗字で呼んでほしいの」
「苗字なんだね、ふわわちゃん。僕は村山タケルです」
「まあ! 神話の人物と同じお名前だなんて、とっても素敵なの!」

ふわわちゃんはまんまるな目を嬉しそうに細める。

もしかしてワカタケルのことだろうか? そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。
ふわわちゃんはマシュマロ王国の留学生でありながら、日本の神話にも詳しいらしい。


「マシュマロ王国では、やっぱりマシュマロが特産品なの?」

僕がそんな風に気軽に雑談を振れたのは、かえって彼女が不思議だったからかもしれない。


「マシュマロ王国には、マシュマロの樹があるの!」
「それは、とっても便利だね」

彼女がくれたマシュマロのパッケージには、確かにマシュマロらしき実のなった樹が描かれてある。
それと、なんだか見たことがない文字も。

凝っていると思った。確かにマシュマロ王国の特産品の説明が日本語だったらおかしいし、何の表示もなくても変だ。


「そのマシュマロは環境に配慮された方法で栽培されていて、フェアトレードだからとっても安心なの」

ふわわちゃんはエコロジーや適正取引にも関心があるらしい。
よく見たらパッケージにもフェアトレード認証のマークがある。作り込みが丁寧だ。


「マシュマロ王国にもフェアトレード制度があるんだね」
普通そういった設定の場合、もっと桃源郷のようにどこにでも樹が自生していて、マシュマロがいくらでも採れそうなものだが。


「マシュマロ王国では、大規模プランテーションによる環境破壊と低賃金労働の蔓延が喫緊の課題なの」

急に設定が重くなってきた。


「それでこのサークルに入ったの?」
「そうなの~。将来は弁護士として労働者の権利保護の活動をしたいんだけど、その参考に外国の農業の実情もぜひ見ておきたいの!」

もう、ふわわちゃんが不思議なのか真面目なのか、僕には見当がつかなくなってきた。


「それだったら、向こうの青山先生に聞いてみたらどうかな。農業における技能実習制度の利用にも詳しいらしいよ」

ふわわちゃんの前に話しかけてくれた先輩から聞きかじった話を伝える。

正直、僕はふわわちゃんと話して混乱していた。

『マシュマロ王国のゆるふわな不思議ちゃん』だと思って接していた女の子が、
だんだんと、女の子らしいニットとスカートの似合う明るくて真面目な女子大生に思えてきて、なぜだか僕は気後れしはじめていた。


だから、ふわわちゃんが「ありがとう~」とふわふわお辞儀をして向こうのテーブルに向かったとき、僕は少し安堵した。
それはおそらく、自分の格好悪さを直視しなくてすむ、という安心感だった。
そんな安心感を覚えていること自体、格好悪いような気もしたけれど。



とりあえず、手持ち無沙汰な気がして、グラスに入った烏龍茶に口をつける。
僕も自分から誰かに話しかけたほうがいいと思った。

それとも、ふわわちゃんはそんなことを考える間もなく、息をするように自然に、知らない相手と話せるのだろうか。


誰かと目が合わないように注意しながら、周囲を見回す。

僕が勇気を出すより先に、モデルみたいな茶髪の青年が近づいてきた。
母と兄ならああいう人間も好まないだろう。

僕はただ、パーカーを着ているだけであれほどさまになることがうらやましいとだけ思う。


「ふわふわ~☆」

流行っているのか、その挨拶。

同じ挨拶で返せる度胸は僕にはなかった。ただこんにちはと返す。


青年は僕の隣に座り、持っていた烏龍茶をテーブルに置いた。
「甘くないお茶というのは素晴らしいね。君もそう思いませんか?」

僕は別に烏龍茶が大好きで飲んでいるのではないから、あいまいにうなずく。
そんなことを気にする様子もなく、彼はニコニコしていた。


「僕は留学生のニニだよ。農学部の1年生。よろしくお願いします」
「よろしく。村山タケルです」

「村山はどの学部のひと? 先輩ですか?」
「ううん、僕も農学部の1年生だよ。農業経済学に興味あってサークルに入ったんだ」
「そう! 僕は農作物を枯らすウイルスの研究がやりたくて留学してきたんだよ。農学部の菊間先生は著名な研究者なんだ」


この大学の人はみな、こうやって目的を持って来ているのだろうか。
ふわわちゃんも、その前に話した先輩も、学びたいことに対してとても熱心だった。

「ニニはちなみに、どこから来たの?」
そんな、意識が高くてキラキラしている相手なのに、ニニはなんだか僕にとって、すごく話しやすい相手だった。


「笑わない?」
急にニニがいたずらっぽい表情で声をひそめた。

「笑わないよ」
出身地を聞いただけで笑うなんてことあるだろうか。
でもきっと、ニニにはその経験があるから訊くのだろう。


「……マシュマロ王国」

こっそり打ち明けるかのように言うニニを、僕は真顔で見つめる。

大学には不思議な人がいることはさっき知ったが、さすがにふわわちゃんと設定を共有しているとは思わなかった。


僕は二人がかりでからかわれていたのだろうか?
おとなしそうな新入生だから?


でも。

「ほんとうに、笑わないね」

そう呟く彼は、僕から初めて目をそらして、頬をほんのり染めた。

僕が彼の話を笑わなかったことを、本気で嬉しんでいるようにしか見えなかった。

人をからかっている表情とは、思えない。



どういうことだろう。
彼の演技が上手いからそう思えるだけで、やっぱりからかわれている?

それとも、彼もふわわちゃんに負けず劣らず不思議な人で、たまたま設定が被ってしまっただけ?

あるいは、何らかの理由で(実は仲のよい不思議ともだちであるとかで)二人は設定を共有しているのだろうか?


「王国には、マシュマロがなるマシュマロの樹があるの?」

僕がそう言うと、ニニの目が一瞬だけきらきらして、
そのあとさらに頬が赤くなってしまった。

なんだかニニがかわいいような気がしてきた。


「マシュマロの樹を枯らすウイルス性の病気があって、僕はその研究をしたいんだ」

ニニは真っ赤だったけれど、心なしか嬉しそうだった。

不思議な話を他人にできることが、それを受け入れて笑わずに聞いてもらえることが、恥ずかしくて嬉しいのかもしれない。


少なくとも、僕はからかわれているわけではなさそうだと結論付けた。


ニニともっと仲良くなりたいと思った。
そう思って、だから、人生で初めて自分から、LINE交換を申し出たのだった。

とりあえず、家に帰ったらニニにLINEを送って、それからフェアトレードのことなどを調べてみようと思った。





ちなみにふわわちゃんがくれたいちごマシュマロは、今まで食べたことがないくらいふわふわで、甘くて、とろけて、美味しかった。

ヒプノシスマイク『シャンパンゴールド』が好きな人に聴いてほしいRADIOFISHの曲

今日はヒプノシスマイクの話です。



ヒプノシスマイク最新CD、『MAD TRIGGER CREW VS 麻天狼』がついにリリースされました!



新曲配信記念に、オリラジ藤森慎吾さんとハライチ岩井勇気さん*1の対談企画も出た。うれしい。
https://passgetit.auone.jp/article/29/?medid=pr&srcid=pgi&serial=1009

藤森さんがヒプノシスマイクをどう思っているか、作詞のときにどんなことを考えてたか、藤森慎吾と伊弉冉一二三の共通点など、
藤森慎吾推しかつ伊弉冉一二三推しのカニにとっては良すぎる記事でした。

時間があるならぜひ読んでみてほしい。

特に面白いのは、ひふみのことを好きすぎてちょっと藤森さんを好きになりかけてる岩井さんと、
麻天狼のCDを聴いて「俺の曲だけ毛色が違う!?」と焦る藤森さんです。
両者ともかわいい。



まだCDを入手できていないので、感想をまた別の機会に書きたいと思っています。
(そのタイミングで前作バトルCDの感想もまとめたい)



今回は、ヒプノシスマイク、特に伊弉冉一二三の『シャンパンゴールド』が好きな方向けに
藤森慎吾が作詞を担当する*2RADIOFISHの曲をご紹介したいと思います。

どんな曲が好きか? タイプ別におすすめ曲を挙げていきます。



興味をそそられる曲があれば、ぜひ買ってみてください。
そして推しに印税を入れてください!

よければRADIOFISHのファンになって、なんならライブに来てください。
絶対に後悔はさせないので。全力で生歌披露する藤森慎吾、それはもう格好いいので。*3


RADIOFISHのおすすめ曲リスト

まずは、『シャンパンゴールド』のチャラさに魅了された人向け。

  • 『ワンチャンcoco夏☆物語』

藤森慎吾プロデュース、ラッパー焚巻さんともコラボした夏歌。はちゃめちゃにチャラいのに、爽やかな曲調で夏の浜辺にぴったりです。
チャラッチャラのパリピ性と、ほのかに切ない叙情性が両立した、藤森慎吾だからこそ作れた歌詞だと思う。


  • 『O.D.O:Re』

こちらは都会的でお洒落なファンクナンバー。さっきの曲より明らかに生活レベルが向上しています。
まさに『上質なパリピ』な1曲。ホストのひふみっぽいチャラさはこっちかもしれない。
スキルマスター(ダンサー)のリヒトがプロデュースしてるんですが、これがほんとにイケメンでいい人。しかも武勇伝のフリを取り入れたダンスが激エモなので、ライブに来たら注目してほしい……

O.D.O:Re

O.D.O:Re

  • RADIO FISH
  • J-Pop
  • ¥255



次は、キャラ同士の関係性や、キャラたちが仲良くワチャワチャしてるのが好きな人向け!

  • 『PARADISE』MV

ほんとこれはもう見て。YouTubeで見れるから。見ればわかる。かわいい。尊すぎて479万回再生されてる。

  • 『SUMMERTIME』

溌剌とした曲調、初々しい恋心にあふれる歌詞、それを歌うオリラジの笑顔、楽しそうに踊りはしゃぎ合うスキルマスターたち。全てがいとおしい。
もしもRADIOFISHのセカンドアルバム『WORLD IS MINE』を買ってくださるなら、ぜひともDVD特典付きをおすすめします。DVDの『SUMMER TIME』ライブ映像のオリラジ、愛くるしすぎて変な声出ます。

SUMMER TIME

SUMMER TIME

  • RADIO FISH
  • J-Pop
  • ¥255



次は、世界観のごつい曲が好きな人向け。
麻天狼の3人はシンジュクスタイルで、非常に攻撃的な一面を見せてくれました。
そういうギャップが好きな人もいると思うので。

  • 『東京大革命』

最高にクールで荘厳で格好いいのでぜひ聴いてほしい。RADIOFISHクラスタにも特にファンが多い。
東京の王にならんと革命を起こす設定、「KINGが誰か示す開幕戦」という歌詞など、ディビジョンバトルと大いにオーバーラップする。
ヒプマイクラスタだからこそ感慨深く聴ける1曲でもあるので、ほんとにおすすめ。

  • 『Life is a Game』

ドープで攻撃的。RADIOFISHの意外な一面が見られる曲。一見では生意気な若者の舐めプに見えるけど、その奥には確かな闘争心が静かに燃えている。

Life Is a Game

Life Is a Game

  • RADIO FISH
  • ダンス
  • ¥255



藤森慎吾の超高速ラップを聴きたい人向け

  • 『NKT34』

基本的にRADIOFISHは藤森慎吾のハイトーンなラップが魅力ではあるんですが、なかでも凄いのがこれ。
最初から最後まで超高速でラップをかまし続けるパフォーマンスは見事。
カラオケで何回か挑戦してみたけど、私は歌える気がしない。滑舌に自信のあるクラスタはチャレンジしてみてほしい。



最後に、せっかくのご縁なので"ゴールド"つながりで。

  • 『GOLDEN TOWER』

これもダークで格好いいです。札束降り注ぐクレイジーパーティ、月に向かい伸び続ける塔など、どことなく破滅的な、仇花のような色香が漂う1曲。
コラボした當山みれいさんの歌唱力も素晴らしいです。

  • 『黄金時代』

三味線を取り入れた和風なアップチューン。「天下統べるために彼は見参 激賛に値し豪華絢爛」など、語感が良すぎて聴いててめちゃめちゃ楽しい。
ライブ映像の、NAKATAが扇子でスキルマスターを斬る振り付けも格好いい。



本当はもっとパワフルなあの曲も超エモいあの曲もおすすめしたいんですが、やりすぎると引かれるのでここまでで。
もちろん、他の曲も素晴らしいものばかりなので、ぜひ聴いてみてください。
「聴いたよ」ってコメントやツイートで言ってくれると、カニが喜びます(別に喜ばせる必要はないが)。





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オリラジ藤森ファンがヒプノシスマイク麻天狼CDを聴いた感想 - 蟹を茹でる
ヒプノシスマイク税金10倍について本気で検討してみた - 蟹を茹でる

*1:ヒプノシスマイクの大ファン

*2:RADIOFISHは基本的に藤森慎吾がラップ作詞、中田敦彦がメロディ部作詞を担当しています

*3:もちろんダイナミックなダンスを披露するスキルマスターも格好いいし、真剣な表情で世界観を構築する中田敦彦も格好いいです。あとめちゃめちゃ笑わせてくれます

本の装丁「天アンカット」がちょっと切なかった

このまえ製本所の見学をする機会をいただいて、でかい機械をいくつも通ってギュンギュン本が出来ていく様子を見せていただきました。
超楽しかったです。

そして、その流れで本の装丁に関するお話もしてもらい、これまた面白かったです。
メモとしてブログに残しておきます。




本の装丁の話

本の装丁をあまり気にしたことがなかったんですが、出版社側ではいろいろとこだわりがあるらしい。

重要視される要素はいくつかある。
ひとつは、コストと丈夫さ、本の開きやすさの釣り合いをとること。
もうひとつは、実用性と関係のないお洒落さ(ロマン)の追求。



この製本ロマンの代表格が、「天アンカット」というやつらしい。

アンカット製法とは、冊子の小口(背以外の本の側面三方)を断裁しない製法のことです。
詳しくは以下の記事がわかりやすいかと。
製本豆知識:アンカット製本とは? | 印刷通販プリントコンシェルのスタッフブログ



普通の本では、小口三方の端っこを機械で切り落とし、まっすぐにすることが多い。
そのほうが側面がなめらかに、きれいに見えるメリットがあるそう。

しかし、それをあえてせず、紙を折って製本して生じた誤差(紙同士のずれ)をそのままにするのが、アンカット製法。

そのなかでも「天アンカット」は、小口三方のうち(本のてっぺん)だけを未断裁にする装丁を指します。



なんでそんなことするかというと、「おしゃれだから」。
ロマンですね。

どうやらヨーロッパでは、産業革命の時代から「アンカットで簡素な表紙の本を買い、読み終えたら自分好みの豪華な装丁に製本しなおして蔵書する」という文化があったらしい。
その名残で、今でも「格調高い本はアンカット」「アンカットが本の本来あるべき姿」という美学があるそうです。

「コンクリート打ちっぱなしのデザイナーズマンション」みたいな美学なのでしょう。たぶん。
そう考えるとロック。




「天アンカット」がちょっと切なかった話

そんな天アンカットなのですが、実は断裁する場合より手間がかかります。

三方をカットする本なら、紙の折り合わせが多少ずれても「まあ最後に断裁で側面きれいに整えればいいや!」である程度許されるんですけど、
アンカットとなるとその帳尻合わせができません。

なので折り合わせの段階から、紙同士がずれたりはみ出したりしないよう、細心の注意が必要。
普通の本を作るのとは、折り合わせの工程が異なってくる。
もちろんそうなると、コストも余計にかかります。



なぜ手間とコストかけてまでそんなことするかというと、「おしゃれだから」。

めちゃめちゃいじらしくないですか?
ロマンのためにひっそりと手間隙をかける。

本当はもこもこのあったかセーター着たいのに、おしゃれのために寒さ我慢して白シャツにジャケット着てる人みたいないじらしさ。
かわいい。



しかも、そんなに手間をかけておしゃれしてるのに、愛書家以外には全然気づかれてない。

いじらしい。
好きな人のためにすごく悩んで洋服選んだのに、完全にスルーされてる人くらいかわいい。



それどころか、
「本の上部だけガタガタだった。切り忘れではないか」
「製本ミスだと思うので交換してほしい」
というクレームまでくるらしいです。

Yahoo!知恵袋でもそういう質問されてる。
これは単なる製本ミス?伊坂幸太郎さんの『ゴールデンスランバー』の文庫本を... - Yahoo!知恵袋



あんなに頑張ってるのに全然報われてない。

かわいい。
ダメージジーンズをおしゃれのつもりで履いていったら、「お前ズボン破れてるやん、恥ず」って友達に言われてしまった中学生くらいかわいい。

かわいいけど切ない。





皆さん、よかったらもう少しだけ、天アンカットに注目してあげてください。
そして、天がギザギザでも「そういうおしゃれしてはるんやな」と温かく受け止めて、クレーム入れるのはやめてあげてください。



天(アンカット)と地(断裁済み)の比較画像。どちらも岩波新書
f:id:bloodandsugar-akai:20181114233209j:plainこちらが天。よく見ると確かにジャギジャギしています。
f:id:bloodandsugar-akai:20181114233133j:plainこちらは地。スパッと切ってある。
比べてみるとけっこう見た目が違います。



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ハンドメイド「原価」とよく呼ばれているのは実のところ「直接材料費」でしかない

Twitterで定期的に揉めますよね、ハンドメイドの「原価」問題。

「原価安いんだから値下げして」
「原価は安いけど他にもいろいろ掛かってる、そのぶん手間賃がかかるのは当然」
の応酬。

そういえばひと昔前は、ファストフードの「原価」についてやんややんやしてた。
どうやら、両者とも「原価」を材料費の意味で使っている。

しかし実際のところ、その使い方は会計における「原価」の意味とはズレがある。



簿記をちょっと勉強したので、「原価」とは何なのか整理しておきたい。




「売上原価」とは何か?

製品をつくるための原価には、以下の3つが含まれる。

簡単に言うと、

材料費=製品の材料や、製品をつくるのに使う道具など
労務費=製品製造や管理に関わる人の賃金・給与など
経費=それ以外で製品製造にかかる諸々の費用



そのそれぞれに、「直接費」と「間接費」の2種類がある。

各製品の原価として、直接的に消費されたとわかるものが「直接費」、
複数の製品の製造に関わっていて、特定の製品の原価に直接振り分けるのが難しいのが「間接費」。



例えば棚をつくって売るとする。

棚をつくるための板、ガラス、釘などは、「その棚をつくるためにどれだけの材料を使ったか、いくら使ったか」が明確に計算できるので直接材料費

板を切るノコギリ、釘を打つトンカチや接着剤などは、「その棚をつくるためにどれだけ消費したか、いくらかかったか」がわかりにくい。
(この棚をつくるためにノコギリの刃が何%摩耗したか? とかいちいち計測するのは無理がある。)
なので、間接材料費



働く人に支払う賃金・給与も同様。

製品製造をする人に支払う賃金なら、どの製品にいくらかかったか計算できる。
例えば「時給1000円の人が2人、2時間かけてクロワッサンを200個作った」なら、1000×2×2を200で割れば、1個あたりの労務費を割り出せる。
こういうのが直接労務

でも、オーブンや生地捏ね機を整備する人の賃金は、その方法では計算できない。
その人の仕事内容はクロワッサンともあんパンともフランスパンとも関係しているから、どのパンの原価に賃金のうちいくらを原価として振り分けるか? は全体を見据えないと計算できない。
工場の経理事務職に支払われる給与や、ボーナス、退職金などもそう。
これらは間接労務



経費のほとんどは間接費。

ただし、特許権使用料と外注加工賃は直接経費
足袋Aを製造するために特殊なシルクを使用し、特殊なシルクの特許権使用料を支払う場合、もちろん足袋Aの原価になる。
足袋Aの縫製を他の工場に外注して代金を払う場合も、その代金は足袋Aの原価に含まれる。

その他、工場の運営にかかる水道光熱費や通信費、固定資産税、機械にかかるお金(減価償却費)、修繕費など、他にもいろいろある経費は全て間接経費



「売上原価」に含まれるのは、本来この6つ。

  • 直接材料費
  • 間接材料費
  • 直接労務
  • 間接労務
  • 直接経費
  • 間接経費

しかし材料費以外は想像しにくいためか、一般的に「原価」というと直接材料費だけの話になりがち。

いわゆる原価厨は完全に直接材料費のことだけを指して「原価」と言っているし、
なぜかついついクリエイター側も「原価は安いけど~」と、直接材料費のことを原価と言いがちな気がする。

実際には、道具にかかる費用も人件費もその他もろもろの経費も原価に含まれるのだ。*1


ハンドメイドの場合

ハンドメイドのアクセサリーの場合、まず素材類が直接材料費になる。

ハンドメイドには道具類も必要になる。
接着剤や編み棒、ルーペやデスクライト、作業専用の椅子や机なんかが間接材料費にあたる。
楽曲作成なら楽器、機材、編集用ソフトウェアなどが間接材料費、または間接経費になる。



ハンドメイドの製造に直接かけた時間×単価が、工場でいう直接労務費にあたるだろう。

材料の調達や、製品の管理、出品・発送などにかけた時間×単価は、間接労務費と考えていいのではないか。*2

デザインを考えるための費用は実質「新製品を開発するための費用」なので、企業でいう研究開発費だろうか。これは売上原価には含まれないが、一般管理費(後述)のひとつ。*3



ハンドメイドで他の人の特許権使ってる人はあまりいない気がするが(いたらごめんなさい)、外注ならしてる人もいるかもしれない。
ちょっと違うが著作権使用料を払ってる人は、コンテンツ系のクリエイターには多いのでは。

水道光熱費、通信費、スタジオ代、場所代なども、間接経費として原価に含まれる。
副業でやってる場合だと、自宅で作業している人も多いから切り分けにくいと思うが。



こうして見ると、「原価って言ってもいろいろあるな」と思ってもらえるのではないか。思ってほしい。

原価厨におかれましては、そのへん踏まえたうえで原価のことに言及してくださるとありがたい。
クリエイターの人たちも、原価のシステムについてわかっていただいて(既に私より余程わかっている人も多いと思うが)、
直接材料費だけを「原価」って言う風習は改めていきましょう。




ちなみに「総原価」とは

上で説明したのは、売れた製品を製造するのに掛かった「売上原価」ですが、ものをつくって売るための費用は他にもあります。
それらの費用もひっくるめたものが「総原価」です。

大きく分けるとこれらの3つ(細かく分けると項目が死ぬほどあります)。



販売費は製品を販売するのに直接かかる費用。
広告宣伝費や、販売手数料が当てはまります。営業社員の人件費もここに含まれます。

一般のハンドメイド作家さんで有料広告出してる人はそんなに多くないと思いますが、販売手数料は身近なんじゃないでしょうか。
メルカリとかラクマに納める商品売れたときのみかじめ料的なアレがそれです。
自分で販売業務や売り込みとかしてるなら、それも販売費にあたると思います。



一般管理費は、会社全体の管理活動にかかる費用。
間接部門にかかるもろもろの費用、租税公課(法人税や消費税など)や、さっき言った研究開発費も含まれます。

工場の労務費は売上原価に含まれ、営業の人件費は販売費になるのに対して、
例えば本社の人事部や総務部の人件費が一般管理費に含まれます。



売上から、この「総原価」を引いた差分が、晴れて利益となります。
めでたしめでたし。



もしご興味あれば、簿記2級・工業簿記のテキストを何かしら買って読んでいただくと、全体像がよりはっきりわかると思います。
私が持ってるやつはこれです。わかりやすい。



また、このブログはあくまで簿記を勉強している素人が書いた、簡略的な解説です。
責任はとれませんので、会計処理について知りたい方は専門家にご相談ください。

*1:ただし、個人事業主の給与は労務費として計上できない。給与を増やせばいくらでも原価を増やせる=利益を小さく見せて所得を少なくできてしまうため。 そこまで理解したうえで敢えて「原価とは『別に』手間賃が~」という言い方をしているクリエイターもいると思う。

*2:これは結構簡略化して言っている。出品や発送にかかる労務費は、実際のところ販売費に分類されるかも。

*3:たぶん「このフィギュアもアニメも新しいデザインのためだからぜーんぶ研究開発費!」とかは認められない可能性がある。詳しいことは本職の人に相談してください

「とりあえずビール」文化は、集団の成員と認められるための儀式である

なぜ「とりあえずビール」なのか

会社の飲み会とかであるじゃないですか。

最初の1杯は「とりあえずビール」みたいな風習。



あれよく考えたらすごいですよね。

だって、ビールですよ。

苦くて、炭酸で、しかもアルコール飲料なんですよ。

それが、さも当然のように「みんな最初の1杯は当然これでしょ!」みたいな顔でメニューの1番目立つところに鎮座してるのすごくないですか?





もちろん、「とりあえずビール」文化の利便性も十分わかる。



宴会である以上、はじまりに乾杯を持ってきて盛り上がりを作りたい気持ちは理解できる。

まずは幹事が音頭をとり、参加者をねぎらったり発破をかけたりする。
それから参加者全員、一体となって乾杯を行う。

各人がグラスをぶつけ合うことでコンタクトを取り、会話のきっかけとする。

その意義は大きいと思う。



最初にみんながじっくりメニューを見てしまうと、時間が掛かってなかなか会を始められない、という事情もわかる。

「とりあえず」を決めておくことで、悩む時間をなくそうという工夫は理解できる。



参加者が一斉にバラバラなドリンクを頼みだしたら、注文が煩雑になってアワアワするのも予想がつく。

皆で同じものを頼めば、ドリンクが来たときのあの「ゆずサワーの人ー!りんごサワーの人ー!」「あっ、これりんごサワーだからそっちがゆずサワーだ」の手間も省ける。

そして違う種類の飲み物は往々にして別々にやってくるので、「全員分揃った?」「カルーアミルクの人だけまだです」みたいな事態もよく起こる。



さらに、ビールには「注文してから来るまでが早い」という利点がある。
別のお酒を混ぜ合わせたり、水割りにしたり、温めたりする必要がないから。サーバーから注げば1発だから。



乾杯用の飲み物を人数分、手間なく素早く揃えたい、そんな需要を満たすのが「とりあえずビール」文化なのだろう。

「みんなで同じドリンクを頼む」ということも、一体感を増すために必要なのかもしれない。





でもそれ烏龍茶でもよくないですか?





なぜビールにしたんだろうか。

だって独特の苦味で、口腔内でバチバチ弾けて、しかもアルコール飲料なんですよ。

クセが3つもあるじゃないですか。

コーヒーと炭酸が無理な下戸には三重苦です。



しかもあいつ、制限時間めっちゃ短いじゃないですか。
「ビールは泡が命! 泡が消えたぬるいビールは美味しくない」みたいな風潮あるじゃないですか。
そのわりにはすぐ泡消えちゃうじゃないですか。

乾杯前に幹事や主賓が挨拶する宴会のシステムと、どうにも相性が悪い気がする。



ていうか「あいつのカルーアミルクが来ないからまだ乾杯できないじゃねーか」っていうあの怨念、どう考えてもビールが強めてると思う。

「お前のドリンクを待っているうちに俺のビールの泡が消えて不味くなっていく」ことを目前に突きつけるシステム、殺伐としすぎているのでは。





その点、烏龍茶ならビールより遥かにクセがない。ビールが飲めるなら烏龍茶の風味はだいたい誤差の範囲だろう。

炭酸が好きな人も苦手な人も飲める。
炭酸飲料しか飲めない信念の人がいらしたら申し訳ないが。

しかもソフトドリンクだから下戸にも飲める。
アルコールしか飲めない信念の人がいたら、その信念はやめたほうがいいし。



烏龍茶も氷が溶けきれば薄まってしまうものの、その制限時間はビールより余程長い。
カルーアミルクを待つ心の余裕も生まれる。

それに烏龍茶ならだいたいどこの居酒屋にもあり、イタリアンや和食のお店のメニューにも高確率で存在する。

サーバーから注げば済むから、頼んでから来るまでも早い。
「とりあえず」枠の筆頭候補だと思う。

そしてちょっと安いし。



やはり、「とりあえず烏龍茶」のほうが風習として優れているのではないか。



しかし、考えてみると。
もしかして、それらの難点をわかった上で、あえてビールにしているのかもしれない。

むしろ、それらの難点ゆえに、ビールは「とりあえずビール」の地位につけたのかもしれない




試練を越える成人の儀としての「とりあえずビール」

先ほど、ビールは特定の人には三重苦だと書いた。
これに制限時間の短さを加えると、「とりあえずビール」には四つの試練があることになる。



もしかしたらこれらは、あえての試練なのではないか?



学校を卒業し、「カイシャ」という組織で成員として認められるために、乗り越えなくてはならない試練。

いわば、一人前と認められるために、崖から飛び降りたり獣を狩ったりするような「成人の儀」。
……を、すごくスケールダウンしたもの。

苦くて炭酸のお酒をぐびぐび飲めたら、成人として認められる。

ビールを美味く思えてこそ一人前の社会人だという意見は、冗談でなく主張する人が実際にいるし。



さらに、集団内の絆を再確認するための試練でもあるかもしれない。

各々が自分の好きなものを頼むのではなく、最大公約数的なクセのないものを頼むのでもなく、あえて、クセの強いドリンクを皆で揃って注文する。

四つの試練を越えて同じものを頼むことで一体感を高め、連帯の固さを確かめあう。



「他のドリンクを待っていると、泡が消えて不味くなる」という難点は、ここに至ってはむしろ有効にはたらく。

他のものを頼ませないための圧力として機能するのだ。

かくして集団内の構成員はほとんど全員、ビールを頼む。

ビールを飲めない人は、「飲めもしないものにわざわざ500円くらい払う」ことによって、この連帯に参加したこととみなす。
……という集団もあれば、飲めない人の存在自体許さない強烈な集団もある。



この、「一人前の仲間として認められるための試練」的効果は、残念ながら烏龍茶にはない。

飲みにくいドリンクでないといけないからだ。





でもそれ青汁でもよくないですか?





青汁なら、ちゃんと苦いし、飲みにくい。
でも慣れてくると美味しく感じてくるし(たぶん)、ビールと違って健康にもいい。

お酒じゃないからアルハラや急性アルコール中毒の危険もない。



唯一「他のドリンクを待つと不味くなる」という圧力要素が足りないから、りんごのすりおろしも入れましょうよ。

なかなか来ないカクテルを待つうちに、どんどん茶色く酸化していくすりりんご。
それに伴いどんどんどどめ色になっていく青汁。

泡が消えていくビール以上に、見た目の圧力は抜群です。

死ぬこと以外かすり傷だが、人間はかすり傷でも死ねる

カニです。
ブログ、書こう書こうと思うと書けないことに気付きました。
その場のノリで考えなしに書き始めたほうが、結局最後まで書ききれるような気がします。



「死ぬこと以外かすり傷」って言葉、いいことばですね。
生きてさえいれば、どんな失敗も事故もかすり傷にずない、と言い切るはちゃめちゃな豪胆さ。
世紀末覇者とかが言いそう。

死ぬこと以外かすり傷
同タイトルのこの本も、めちゃくちゃに売れてるそうです(まだ読んでない)。作者は世紀末覇者ではなく、凄腕編集者だそうですが……





ほんと、いいことばですよね。「死ぬこと以外かすり傷」。



でも人間はかすり傷でも死ねる。
破傷風とか。



ていうか「こんなのかすり傷だぜ!」つって消毒も手当てもせずにほっとくのは、フィクションだったら死亡フラグである。
だいたいそういう強がりのキャラ、傷口が化膿したり毒でやられて死ぬ。または、ゾンビに噛まれたのを無理して隠し、最終的に突然仲間に襲いかかってグループを壊滅させる。



かすり傷を舐めてはいけない。
「死ぬこと以外かすり傷」でも、受けた傷を気にしちゃいけないルールはない。かすり傷ひとつでギャーギャー痛がったり、わんわん泣きわめいたりしてもよいのだ。だって実際けっこう痛いし、かすり傷。

わあわあ痛がって、きちんと綺麗な水でよく洗い流して、絆創膏だか傷パワーパッドだか貼って、患部をあんまり動かしすぎないようにして、守ってやらねばならない。
かすり傷でも、患部に机の角とかが当たったらめちゃくちゃに痛いのである。

よく寝て、よく食べ、よく笑い、免疫力を上げるのもいいかもしれない。
意外と「痛いの痛いの飛んでゆけ」と唱えてもらって、優しくさすってもらうのもいいかもしれない。不安な気持ちが和らぐと、間接的に痛みも和らぐ。



「かすり傷を負いそうだ」と事前にわかるなら、ちょっと暑いけど厚手の長袖を着ていくのも手である。草木生い茂る森や山、危険な作業現場、不衛生な場所に出向く場合には必須だ。
状況に合わせて対策しておかないと、かすり傷でもびっくりするほどかぶれたり腫れたりする。傷がかぶれたときの痒みと痛みの板挟みといったらないし、傷が腫れてきたときの不安感たるや。



……等々、おどかすことを言ったけど、過剰に恐れる必要もないかもしれない。かすり傷だし。

事前に傷つくことを想定して準備すること。
むやみに強がらないで素直に痛がること。
傷ついた自分をケアすること。
かすり傷がなかなか治らなかったり、腫れてきたりした時は医者にかかること。



そのくらいのことさえ気をつけていれば、傷つくことはそんなに恐れることではないのかもしれない。
気軽な気持ちで、いろいろなことに挑戦してもいいかもしれない。
きちんと対処すれば、傷口は膿まずに、傷跡も残らずに治りそうだし。



これを精神的なダメージに強引に当てはめてもいい。

傷つく覚悟をして、慰めてくれる人や物事を用意しておくこと。
強がらず、意外に傷ついてると素直に認めること。感情を殺さず、受け止め、存分に悲しむこと。
精神的な傷を癒すこと。それは頑張った自分へのご褒美でも、ヒトカラでも、日記を書くことでも何でも。
傷が深くて手に負えないなら、専門家に相談すること。
……その時はふしぎな民間資格ではなく、臨床心理士などを選んだほうがいいと思います*1



社会的なダメージに強引に当てはめてみたらどうだろう。

普段から同じ悩みを持つ人と連携したり、真の退社時間を自分のアプリでも記録したり。
不正義や不平等の存在を、うやむやにせずはっきり口にしたり。
セーフティネットとなる制度を活用したり、シェルターに避難したり。
弁護士に相談したり。

そういう風にたとえられるだろうか。
一度身体的なことに引き寄せて考えてみると、対策を考えやすい気がします。





「死ぬこと以外かすり傷」が言いたいのは、たぶん「傷つくことを恐れるな」ということだと思う。

それは皮肉抜きに面白い考え方だ。
いかに傷つかないようにするか、失敗しないかを考えがちな人類も多いと思う。それを発想の転換で、傷つくことは大したことない、失敗を恐れずに挑戦せよ、と唱えている。



だが、傷つくことを避けないからといって、傷を舐めくさる必要はない。
「こんなのかすり傷だからほんと大したことないんで」と、無理に平気なふりをする必要はない。

かすり傷ひとつで大げさなと思われるくらい泣いたほうが、あとからケロッとできる。そういえば、小さい頃はそうしていた気がする。
ある意味泣くのも対処法かもしれない。



失敗を恐れがちな人類(そしてカニ)に大事なのは、傷つきを徹底的に避ける生き方や、傷つきを過小評価する蛮勇よりも、
「傷ついたときにどう対処すれば感染症を起こさず、傷口がきれいに治るか」という知識や経験なのかもしれない。

かすり傷を甘く見てはいけないが、適切に対処すれば恐れる必要はない。たぶん。

*1:臨床心理士は臨床心理学系の大学院出ないと取れない資格なので、金積んで講習受ければいいやつとは信頼度がまるで違うと思う